288.会話 いばら姫の話
本日もこんばんは。
今日の犠牲童話はいばら姫です。
「勇者さん、今日はこの本を読んでみませんか?」
「『いばら姫』……ですか。どういうお話なのです」
「別名『眠れる森の美女』。ある国に女の子が生まれました。誕生を祝うパーティーが開催されるのですが、祝宴に招待されなかった魔女のひとりが報復として王女様に『十五歳になると死ぬ』呪いをかけますが、別の魔女がその呪いを『百年間眠りにつく』呪いにかえました。やがて、王女様は十五歳になった時、紡ぎ車の錘が指に刺さって眠りについてしまいました。すると、茨が城を囲い、城中の者も眠らせてしまうのです。百年後、王女様を見つけた王子様のキスにより目を覚まし、ふたりは幸せに暮らしましたとさ」
「ねぼすけさん」
「呪いだから許してあげてください。それに、勇者さんも人のこと言えませんよ」
「私がぐーたらねぼすけさんだと言いたいのですか。だから読ませたのか」
「それもありますが」
「あるんだ」
「ぼくのおすすめポイントはタイトルと茨です。茨魔法を使う勇者さんにぴったり!」
「いばら姫さんも魔法使いってことですか」
「めちゃくちゃ魔女の呪いです」
「あ、そうだった。登場する魔女が多すぎて全員魔女に思えてきてしまって」
「この物語では魔女が普通に出てきますからねぇ」
「呪いで百年眠るのはよしとして」
「いいんですか」
「眠っている間、飲まず食わずでよく生きられますね。普通死にますよ」
「それも魔法でなんとかしているのではないですか?」
「便利すぎる」
「なにゆえ不満そうなのです。いいことだと思いますよ」
「でも、ご飯は食べたいので食事だけ可の呪いにかえてほしいです」
「制限緩めの呪いですね。食事時だけ起きてくる城の皆さま方とか愉快ですよ」
「愉快な仲間たちは置いといて、なぜ百年なのでしょう。十年じゃだめなんですかね」
「百年ってきりがいいので」
「そういう理由?」
「運命の王子様が百年後に現れたことを考えると、普通に生きていては出会えなかったことになります。時を越えたラブストーリーですよ、勇者さん!」
「寝起きで『好き』とか言われてもな。判断力の低下で的確な対応が不可能かと」
「的確な対応て」
「もしかして、この王子様は呪いをかけた魔女とグルなんじゃないでしょうか」
「どうしてそうなった」
「王女様を手に入れるため、王子様は国を巻き込んだ計画を立てるのです。百年の眠りにより、王女様の判断力は低下。王子様のキスで呪いが解けたとして王や王妃に取り入れば好印象間違いなし。国民も感謝して王女様は我が物です」
「すぐ計画を立てるんですから……。ですが、待ってください。それだと時系列がおかしいですよ。王女様は百年前の人、王子様は百年後の人です」
「これこそ叙述トリックです」
「勇者さん、楽しそうですね。ぼくもうれしいです」
「王子様は百年後の人間である。その事実があるゆえに時を越えた出会いになりますが、魔女とグルだと考えれば話は違います。王子様も百年前の人間だった。しかも、王女様誕生時にはすでに青年だった説が濃厚です」
「風向きが変わりましたね」
「王子様は魔女の力で自分と王女様の年齢を近づけようとしたのですよ」
「ですが、それなら百年も眠らせなくてもよいのではないでしょうか」
「王子様を知る人間および情報が消えるのを待っていたのですよ」
「うわぁ、計画的」
「彼を知る人が死に絶えれば、王子様は自由に動くことができます」
「あ、あれ、待ってください。それもおかしいです。魔女の呪いは死だったはずです。眠りに変えたのはその次の善き魔女ですよ」
「やだなぁ、魔王さん。そのふたりもグルですよ」
「ええん、敵ばっかりぃ……」
「悪い魔女、善い魔女、王子様。三にんでグルになり、王女様とその国を乗っ取る作戦です。それは見事成功したと言えるでしょう。ああ、おそろしいお話です」
「きみの想像力の方がおそろしいですよ」
「とはいえ、テキトーにしゃべったので齟齬は多いです。王子ならば国に血統の情報は残っているはずですし、百年程度だったら生きている人もいるでしょうから」
「詳細に描かれないからこそ、想像するのが楽しくもありますね」
「巻末にいばら姫の別の本の紹介があるのですが、続編でもあるんですか?」
「童話は解釈によって広がります。作者ごとに展開が異なるものもあり、同じ作品でも複数伝わっているものが多いので、それらの紹介だと思いますよ」
「別のいばら姫では王子様の計画がバレたりします?」
「王子様が主犯だとされるいばら姫は勇者さんが初出ですよ」
「他のも読んでみたいです。魔王さんのことですから、持っているのでしょう?」
「……だめです。特に古いバージョンは」
「なぜです? 読み比べとかしてみたいです」
「きみにはきれいなものを見てほしいからですよ」
お読みいただきありがとうございました。
いばら姫のバージョン違いは結構えぐい話なので気になった方は調べてみてください。魔王さんが絶対勇者さんに読ませない話になっています。
勇者「どんな話なんだろう」
魔王「気にしなくていいです。お菓子でも食べていてください」
勇者「食べ物で買収されている」
魔王「勇者さんはいばら姫でも飲食可ですから」