286.会話 オルゴールの話
本日もこんばんは。
オルゴールはファンタジー世界によく似合うと思います。
「勇者さん、この箱を開けてみてください。勇者さんが悲しまないように先に言っておきますが、食べ物ではありません。お菓子は別でご用意してあります。どうぞ」
「それくらいで悲しみませんし、用意してあるんかいって思いましたよ。ありがとうございますむしゃむしゃ。ええと、箱ですか。そぉい……あ、音がします」
「オルゴールという物です。ゼンマイを巻くことで自動的に音楽を奏でてくれる機械なのですよ。どうですか? ご感想などあれば」
「落ち着く音だと思います。きれいな音色ですね。それに……この音楽は……」
「勇者さんも気づきましたか? オルゴールに使われている曲、勇者さんがいつも歌っている歌とよく似ていますよね。ぼくもびっくりして、つい買ってきてしまいました」
「少し違いますが似ています。オルゴールになるくらい有名な曲なのでしょうか」
「うーん……、どうなのでしょう」
「この回っている人形のような物はなんですか?」
「オルゴールの装飾ですよ」
「なんだか魔王さんみたいですね。あ、間違えた。聖女みたいですね」
「ナチュラルに間違えましたね。その通りです。それは聖女を模して作られた物ですよ」
「私とは縁遠い人ですが、聖女も勇者同様、平和のシンボルや聖職者の代表として人間に慕われる人物ですから、こうした物に使われることも多いのでしょうね」
「実際、教会で販売されている物ですからね」
「へえ、こんな物を売ってるんですか。知りませんでした」
「気に入ったのであれば、差し上げますよ」
「……………………いいんですか?」
「なにゆえそんなに悩んだんですか」
「箱の模様とか、中身の装飾とか、なんだか高そうだなぁと思いまして」
「まさか値段の心配を?」
「心底驚いたような表情やめてください。そんな簡単に高価な物はいただけませんよ」
「気にせずいただいてください。それに、たいした値段ではありません。きみのお昼寝にちょうどいいと思ったのです。よく眠れそうじゃないですか?」
「そうですね。夢の中の歌を思い出すようで」
「持ち運びにもほど良い大きさですし、ぜひ旅行鞄の一員にしてくださいな」
「そうします。ところで、回る聖女の横にスペースがあるのですが」
「宝物を入れるんですよ!」
「ほんとに?」
「もちろんです! たぶん。きっと。おそらく。絶対に!」
「小さなスペースに入る宝物なんて持っていませんよ」
「飴ちゃん入れます?」
「私のことなんだと思ってんですか」
「た、宝物ができるまでの前任としてですよ。空っぽだとさみしいでしょう」
「そうですけど……。あれ、蓋の裏に文字がありますね。うーん……読めない」
「ぼくの出番ですね。えーっと……『Frieden Lullaby』ですね」
「どういう意味ですか?」
「さあ……。『Lullaby』は子守唄という意味ですが、『Frieden』がわかりませんね」
「呪いの言葉?」
「聖女を模して呪いの言葉とは度胸ありますね」
「子守唄ってことで、永遠に眠らせてやると言っていると推測します」
「推測しないでください。おそらく違うと思……違わないとまずいですし」
「魔王さんの歌をオルゴールにしたら呪いの歌になりそうですね」
「ぼくの歌声はオルゴールの穏やか音色をもってしても通用してしまうのですか」
「この音色で魔王さんの歌声はいやだなぁ」
「めちゃくちゃ普通にいやがりましたね」
「あ、音がゆっくりになってきました。……止まっちゃった」
「ゼンマイを巻くんですよ。ほら、ここ。ゆっくり回してくださいね」
「なるほど。……あ、この巻く感じ好きです。ちょっと楽しいかも」
「……ふむふむ、オルゴールと勇者さん、絵になりますね。ふむふむ……」
「カメラしまえ」
「なぜバレた⁉ 勇者さん、オルゴールをじっくり見ていたのに……」
「さすがに見えますよ。よくバレないと思いましたね」
「オルゴールの音色に気を取られてあわよくば……と」
「煩悩しかないですね」
「だってオルゴールを眺める勇者さんがあまりにうつくしいからぁ」
「私のせいにしないでください。買ってきたのはあなたでしょう」
「気がついたら金貨出していました」
「金貨? そんなに高いんですかこのオルゴール」
「あぁ、いえ。銀貨程度の値段ですよ」
「それでも高い。買う人いるんですか? ……あ、いましたね、ここに」
「すてきな写真が撮れたので実質無料です」
「あとで消しておきますね」
「そんな。……おや、おしまいですか? 飴ちゃん入れていませんよ」
「飴ちゃんは食べてなんぼです。それに、もう入れましたから」
「ふぇ? なにを入れたんですか?」
「オルゴールの音色のようにきれいなものを」
お読みいただきありがとうございました。
勇者さんがオルゴールの中に入れた物は一体なんでしょう。いつかわかる日がくるかもしれません。
勇者「…………♪」
魔王「ずいぶん気に入ったみたいですねぇ」
勇者「……見ないでください」
魔王「そう言われると見たくなるのが性というものですよ」