284.会話 豪華客船の話
本日もこんばんは。
豪華客船は映画で観るのがちょうどいいです。
「不満そうな顔をしてどうしました? かわいいですね」
「海に行きたいなーと思った時、海が舞台の映画を観るようにしているんです。そしたら、すごく大きな船が出てくる映画があって……」
「豪華客船でしょうか。実際にありますよ。今度、パーっと乗って海の旅に――」
「だめです!」
「うわぁびっくりしました。珍しいですね。勇者さんが大きな声を出すなんて」
「豪華客船には絶対に乗りません。絶対にです」
「どうしてですか? 華麗な客室、豪華なディナー、きらびやかな商業施設、ちょっとオトナなスペースもある。海の上で過ごす非現実的な数日間の旅ですよ」
「そういうお金を湯水のごとく使って作られたような図体だけでかい豪華客船またの名を海上の巨大密室は絶対に沈没するって決まっているんです。うわぁぁぁぁぁ」
「かなり激しい偏見があるようですね。また変な映画を観たんでしょう」
「変じゃないです。私が観た豪華客船系映画はすべて沈没していました。沈没率脅威の百パーセントですよ。つまり乗ったら死ぬ。溺れ死ぬ。溺れて死ぬのはいやだ……」
「どれどれ……。また評価の低いB級映画ばかりですね。こういうのは沈没させることで画を派手にする手法ですよ。探せば優雅に旅をするだけの映画もあるはずです」
「でも、沈没した方がおもしろくないですか?」
「けろっと言いますね。沈没はいやだとおっしゃっていたばかりではないですか」
「私が乗らなきゃいいかなって」
「勇者の発言とは思えませんよ」
「いやいや、あんなばかでかい船、勇者だろうとどうしようもありませんよ。勇者より知識経験豊富な船員の方が役に立ちます。専門知識をなめるな」
「勇者さんの茨魔法で船体を支えるとか!」
「そんな魔力があったら国を滅ぼせますよ」
「滅ぼさないでください。勇者でしょう」
「豪華客船を沈めるようなひとに言われたくありません」
「ぼくは沈めていませんよ⁉」
「この映画では高笑いした魔王が豪華客船を氷山に衝突させるシーンが」
「フィクションです」
「客の荷物の中身をすべて魔物にすり替えておいて、海上で放出するシーンも」
「フィクションです。ぼくはそんなことしません」
「持ち込んだ金貨が重すぎて船が沈んでしまうシーンとか」
「フィク……沈まない程度に持っていきます。勇者さんに湯水のように使いたいので」
「豪華客船ってそんなに高いお金を払わないと乗れないんですか」
「ものによりますよ。船旅だけならさくっと行けるものもあります。映画に出てくるような豪華客船はお金持ちばっかり乗るようなやつですけどね」
「魔王さんみたいな?」
「ぼくは豪華客船ごと買えますよ。そうだ! 人混みがいやならふたりだけで豪華客船の旅をしませんか? 多少の船員さんは雇いますが、必要以上に近寄らせませんから」
「豪華客船を買うって言いました? ねえ?」
「ぼくがいれば絶対に沈没なんかしませんから、安心して楽しんでくださいね」
「豪華客船買うってどゆこと。あれ買えるの? うそでしょ」
「ほしいですか?」
「お菓子買うみたいに訊かないでください。買いません」
「勇者さんとの優雅な船旅がぁぁぁ~……。いつか行きましょうねぇぇぇ」
「うわぁ、また沈没した」
「他の映画にしましょうよう。沈没何回目ですか」
「まだまだ沈めますよ」
「うわぁ、まだこんなに! どんだけ世の人々は豪華客船を沈めたいんですか」
「金持ちを羨んでいるのでしょうね」
「金持ちは水底に沈めってことですか。物騒ですねぇ」
「水底に沈んだ豪華客船から財宝を奪う映画ならだいじょうぶだと思うんですが、浮上した後にまた沈みました。こんなことってあります?」
「あったならあるんでしょうねぇ」
「おとぎ話に出てくる優しい人といじわるな人のように、そういうルールでもあるんでしょうか。豪華客船は絶対に沈めなくてはならないというルール」
「きっと、勇者さんのような人がいるから豪華客船は沈み続ける運命にあるんですよ」
「私みたいな人?」
「さっき言っていたではありませんか。沈没した方がおもしろいって」
「実際そうなんですもん」
「勇者さんの好きなB級映画だからいいかと油断しました。ぼくが秘密裏に計画している長期豪華客船旅行がおじゃんになってしまうかと……」
「逃げ惑う人間たちを観ているだけでお腹いっぱいです」
「それはお菓子を食べながら観ているからかと」
「でもまあ、見渡す限り青い海っていうのはちょっとうらやましいですね」
「行きますか! 豪華客船の旅――」
「沈没するからいやです」
「そう簡単にしませんってばぁ! もー、海が観たいならお好きなサメ映画をどうぞ!」
「豪華客船とサメのコラボ映画はないんでしょうか」
「勇者さんのためだけの映画ですね」
お読みいただきありがとうございました。
海は好きだけどちょっとこわい気持ちもある勇者さん。
勇者「あ、そうです。魔法使いがいればいいんですよ」
魔王「浮遊魔法ですか?」
勇者「いえ、海を凍らせる」
魔王「お魚食べられなくなりますよ」
勇者「今のなしで」