276.会話 逢魔が時の話
本日もこんばんは。
夕暮れの空ってきれいですよね。そんな話です(違います)。
「そろそろ日暮れですね。魔なるものが活発になる前にお宿に行きましょう」
「ちょっと思ったんですけど、魔なるものが活発になる時間こそ、勇者も活動すべきなのではないでしょうか。迷った人間とか襲われている人間とか、夜にもいますよね」
「す、すごい勇者っぽいこと言っている……!」
「ただの疑問です。やるとは言っていません」
「勇者さんの言いたいことはよくわかりますよ。魔なるものたちが昼夜関係なく動けるように、危険だと知りながら夜間に活動する人間はもちろんいます。彼らを助ける意味でも、勇者は夜の時間こそ戦うべきだと、そう思ったのですね?」
「まあ。特に日暮れなんかは曖昧ですし。人間なのか魔族なのか、あやふやな時間です」
「誰そ、彼。人間と魔なるものの境界が曖昧になる時間が黄昏時です。ですが、ご安心ください。こんな時は逢魔さんが古今東西東奔西走四荒八極がんばってお仕事しています」
「逢魔さん? 誰ですか、それ」
「黄昏時になると、どこからともなく現れて世界を観察している魔族です。何をするわけでもなく漂い、気がつくとどこかに消えているんですよ」
「……暇人か」
「人間を襲うわけでもなくふらふらしていたので、捕まえて仕事を与えまして」
「うわぁ、パワハラだ」
「黄昏時に迷う人間を手助けするように言いつけたんですよ」
「めっちゃパワハラ」
「すんなり承諾してくれたので、そのままって感じです」
「お給料はちゃんと出してあげてくださいね。訴えられますよ」
「だ、出してますよう。神様じゃないんですから」
「逢魔さんねぇ。名前だけ聞いたらいかつそうですね」
「勇者さんは仲良くなれると思いますよ。似たタイプですから」
「と、いいますと」
「のんびりぐーたらだるるるるんです」
「おおー。魔族にもいるんですね、そういうの」
「ただ黄昏時をふよふよしているだけなので、さすらいの逢魔さんと呼んでいます」
「道に迷った馬みたいな雰囲気ありますね」
「非常におっとりしてい……るというか、眠そうというか、のんびりするのが好きな性格ゆえ、争いを好まないんですよ。きっと穏やかな時間が過ごせますよ」
「魔王さんも好意的なんですね。珍しい」
「かなり人間を助けていることを知っていますから」
「なんだか、意外と人間に友好的な魔族が多いように感じます」
「昔よりは増えましたけど、数はほんのわずかですよ。基本は魔ですからね」
「魔族がみんな、逢魔さんのような平和主義だったら世界は簡単でしたね」
「あれは平和主義というより、争いごとはこわいしめんどうだから避けるってタイプですよ。だらだらのんびりしたいからひとりでさすらうことを選んだのでしょう」
「めちゃくちゃ仲良くなれそうです」
「いずれ会うでしょう。あれなら危険はありませんし、ぼくもおっけーです」
「逢魔さんの性格と貢献した内容によって、これまでになく好意的な魔王さんになっていますね。ちょっと会いたくなってきました」
「最高の安眠を求めて究極の枕と布団を探していると言っていましたね」
「なんですかそれ私もほしい!」
「いつでもどこでも寝られるのにですか?」
「究極寝具で寝る方がいいに決まっているじゃないですか」
「布団と称して葉っぱをかき集める勇者さんに言われましても」
「これはこれ、それはそれ。はやく会いたいですね、逢魔さん」
「勇者さんがとても楽しそうでぼくもうれしいです」
「ぐーたら好きに悪いひとはいません」
「魔族は悪い……まあ、いいでしょう」
「逢魔さんとやらはいいとして、黄昏時はめんどうです。人間も魔物も多くて」
「紛れると判断が遅くなりますもんね」
「いっそまとめて潰しましょうか」
「当初の発言が跡形もなく消えましたね。せっかく勇者っぽかったのに……」
「魔なるものにしか反応しない武器とかあればラクなんですけど」
「聖水がそれにあたるかと」
「簡単に手に入るものでお願いします」
「うーん。うーん……。簡単に手に入る……うーん、ないですね」
「めんどうな世の中ですよ、まったく」
「あ、お塩はどうですか?」
「魔物に効くんですか」
「効かないですね」
「吹っ飛ばしてもいいんですよ」
「目! 目にすりこめばいいんです! 効果的ですよ!」
「では、宿についたら魔王さんで試すとします」
「ぴぇぇぇぇぇぇ……。おや? こちらに走ってくる人が……いや、魔族ですか?」
「遠すぎてよくわかりませんね。薄暗くて見えにくいですし」
「魔族だったら倒してくださいね。勇者さんは勇者ですから」
「めんどくさい……」
「そういえば、黄昏時って逢魔が時とも言って、妖怪や幽霊が出そうな時間とも考えられているんですよ。そういうのは夜の方が――って、勇者さん?」
「…………なんですか」
「やる気なさそうだったのに、ばっちり剣を構えましたね」
「そりゃあ、勇者ですから」
お読みいただきありがとうございました。
逢魔さんは勇者さんと仲良くなれそうです。
魔王「人間だとわかったらすぐに剣を仕舞わないとだめですよ?」
勇者「ややこしい罰として斬っても許されます」
魔王「許されません」
勇者「もう魔族であれ」