272.会話 マッチ売りの少女の話
本日もこんばんは。
4月2日はアンデルセン童話の作者、アンデルセンの誕生日なんだそうです。というわけで、今回おふたりの餌食になるのはマッチ売りさんです。
「おや、本を抱えて布団に丸まっているとは、また不思議な遊びをしていますね。今日はなんのお話を読んだんですか?」
「マッチ売りの少女、という話です」
「……おかしいですね。その話はぼくが独断で除外しておいたはずですが。いつの間に勇者さんの手に渡っていたのでしょうか。あの物語は内容的に、この子に読ませたくなかったのに……。ううん……、おかしいですねぇ……」
「なにをぶつぶつ言っているのです」
「い、いえいえ! それで、どうでした?」
「人間って愚かだなぁって……」
「改めて思ってしまったのですか。ま、まあ、ちょっと切ないですよね」
「私も愚かな人間のひとりですし……」
「勇者さんのテンションが異常に低い……。興味ないフリをしながらその実めちゃくちゃ人を見ている勇者さんですから、内容的に考えても他人事とは思えなくて心的ショックが大きいと考えられますここはぼくが慰めてご飯を作ってよしよししなくては……!」
「さっきから小声でなに言ってんですか」
「い、いえいえ! そうだ勇者さん、お菓子食べますか? たくさんありますよ」
「お菓子……。マッチ売りの少女にもあげたいですね……」
「そ、そうですね……」
「……もしゃ、もぐ、むしゃ……」
「…………」
「…………」
「……げ、元気だしてください。幸いなことに、マッチ売りの少女の物語はフィクションです。作り話ですからそんなに気にしなくていいんですよ」
「現実にも似たような物語はごまんとあります」
「それは……そうですね。……もうー! 隠しておいたのにいつ見つけたんでしょうか」
「ふつうに置いてありましたよ」
「まじですか――って、聞こえてました⁉」
「はい。耳はいいので」
「そ、そうですか。すみません、ぼくとしたことが詰めが甘かったようです」
「構いません。嫌なら途中で読むのをやめていますから」
「マッチ売りの少女の物語は悲しいものですが、最後はおばあさんとともに安らかだっただろうと信じたいですね」
「そうですね。がんばったマッチ売りさんは報われてほしいです」
「……さて! しんみりした勇者さんにマッチをどうぞ~」
「この流れでマッチを渡してくるのは驚きですね。何か目的があるのでしょう」
「物語の中でマッチをするとストーブやらごちそうやらが出てきましたよね?」
「最後におばあさんが出てきたやつですね」
「はい。てことで、マッチを一本つけてみてくださいな。ぼくがいるので火の始末は完璧にいたしますのでご安心を」
「過保護……。ええと、マッチをえいっ」
「よくぞマッチをこすりました……。ぼくは魔王。勇者さんにストーブやら羽毛布団やらこたつやらごちそうやら服やら靴やらなんやらをあげまくって幸せにするために登場しました。さあ、こちらへどうぞ。お菓子も夕飯も食後のデザートも準備してあります……」
「あ、夕飯の時間ですか」
「あ、はい。ご飯にしましょうね。今日はシチューですよ」
「わぁい。ところで、なぜマッチをつけると幻覚が見えたのでしょうか? マッチ売りさんも魔女だった説があるのですか?」
「うーん……。どうでしょうねぇ。ぼくは、ぬくもりがストーブを、空腹がごちそうを、安らぎがおばあさんというように、マッチ売りさんの想いが具現化したのだと思います」
「その理屈でいくと、魔王さん出現は私のなんの想いによってなされたのですか?」
「そりゃあ、愛――」
「謎は深まるばかり」
「せめて最後まで言わせてぇ……」
「もしかすると、マッチ自体が魔法の道具だったのかもしれませんね」
「望んだものが浮かび上がる魔法のマッチですか。楽しそうですね」
「魔王さんを出現させて倒す練習をします」
「もっと穏やかな使い方をしてください」
「空を自由に飛びたいなー」
「勇者さん、宙に浮くの苦手じゃありませんでしたっけ」
「竹を頭につけるだけで空を飛べるんですよ。マッチでもいけると思いまして」
「あの竹こそ魔法の道具みたいなものですからね」
「いでよ、スープ。いでよ、シチュー。いでよ、パン」
「マッチをつけずとも、すでにテーブルの上に準備してありますよ」
「魔法で出したように見えるかと思って」
「マッチの魔法だと、食べようとすると消えるはずですが」
「魔法なんていらない……」
「今日は勇者さんのテンションが心配な日ですね」
「あ、マッチはお返ししますね。危ないって怒られそうですし」
「もういいのですか?」
「ええ。魔王さんも料理も消えないとわかったので」
お読みいただきありがとうございました。
この世界において、マッチはかなり一般的に使用される物です。マッチ売りさんは大儲けできます。
勇者「実体化もする魔法のマッチがあればカンペキですよ」
魔王「万能すぎやしませんか?」
勇者「どの口が」
魔王「ぼくは万能であって万能ではありませんから」