269.会話 生霊の話
本日もこんばんは。
こわくない生霊の話です。
「さっき、また道端でハリネズミを見たんですけど、そんなにいるものでしたっけ」
「いませんよ……。きっとどっかの魔女っ子の生霊が飛んできて、ハリネズミの形になっているのでしょう。気にしない方がいいですよ」
「生霊? え、おばけですか?」
「あー……、このまま勇者さんからの好感度が下がってしまえばいいですが、さすがにかわいそうなのでご説明いたしますね。生霊というのは人間の魂が抜け出て動くもののことを言うのですが、嫌いな人や恨みを持つ相手に取り憑いて呪うんですよ」
「呪……?」
「それとは別に、強すぎる想いを寄せる相手に飛んでくるという……この場合は悪いものではないと思いますから、ご安心を」
「なるほど……?」
「他に、死の間際に親しい者のもとにやってくるという生霊もあります」
「だめじゃないですか」
「あの魔女っ子の場合は勇者さんに会いたい気持ちがハリネズミになっているだけですよ。生命力強そうでしたから」
「想いがハリネズミになるってどういうこっちゃ」
「次に会った時にでも訊いてくださいな」
「でも、生きたまま魂を飛ばして遠くに行けるというのは便利ですね」
「やろうと思ってできるものではありませんよ。それに、やるもんじゃないです」
「動かずに世界旅行ができます」
「ぼくたちがしているものはなんでしたっけ」
「なんでしたっけ?」
「旅ですよう。かなりのんびりまったりですが、立派な旅です」
「魂でふよふよ浮いて行く方が速く移動できますよ」
「必要なら道具を使いますから、生霊に憧れを持たないでください。こわくない幽霊だとわかった途端、ちょっとうきうきし始めるんですからぁ……」
「おもしろそうだなぁと思いまして」
「魔女っ子への好感度は下がっていないようですね……」
「魔王さんも生霊を飛ばすんですか?」
「生霊は人間の魂のことですが……、勇者さんと離れ離れになったら飛ばすと思います」
「呪われそう」
「ひどい⁉ 愛情たっぷりですよ!」
「私にはできないと思います。そんなに強く想うことはできませんよ」
「やってみないとわかりません!」
「さっきやるもんじゃないと言ったのはどこの誰でしたっけ」
「さあ……? ハリネズミじゃないですか?」
「ハリネズミはしゃべらないんですよ」
「人間の魂が入っていればしゃべりますよ。なにせここはファンタジーワールド。んなあほなっていうことが実際に起こる世界です」
「んなあほな代表ですもんね、魔王さん」
「ぼくならば生霊も飛ばせます。やってみせましょう。ほぁあぁあぁぁあぁぁ‼」
「うん、意味わからん掛け声」
「とりゃあ! どうですか?」
「魔王さんがふたりになりましたが、片方は透けていますね」
「ぼくの生霊で――」
「いうなれば投影魔法ってやつですか? もしくは分裂? 分身とも言えそうですね」
「……うぐぅ。魔なるものは魂を持たないので魔力で作ってみました……」
「生霊を自由に扱えるとしたら、魔王さんはなにをしますか?」
「勇者さん、そっちは本物のぼくじゃなくて投影したぼくです」
「おっと」
「透けているんですからわざとですよね……。ええと、自由に扱えるなら、ですか? そうですねぇ、勇者さんがそばにいればそれ以上は特に求めませんので」
「私は世界のおいしいものを食べに行きたいです」
「生霊の状態では食べられないのでは……?」
「……気合で?」
「勇者さんに似合わない言葉ですね」
「失礼な。私だって気合を出す時くらいありますよ。年に二回くらい」
「かなり少ないですね」
「動かずに世界の料理を食べられるなら気合も入ります」
「生霊にならずとも旅をしていればいずれ出会うと思いますよ。それに、いろんな場所の料理ならぼくの頭の中にレシピが入っています」
「えっ、その脳みそください」
「一口ちょうだいみたいに言われましても」
「いいじゃないですか、少しくらい」
「いやですよう。ちょっ、大剣を取り出さないでください!」
「ちょっとだけ、ちょっとだけ」
「完全にぼくの頭を取りに来ている……! あ、勇者さん、あそこにハリネズミが!」
「えっ、どこですか?」
「今のうちに!」
「あ、逃げた」
お読みいただきありがとうございました。
前回のハリネズミ登場回は第171話『絆創膏の話』です。気になった方は読んでみてくださいませ。
勇者「こわくない幽霊もいるとは驚きです」
魔王「基本的には呪うものですけど……」
勇者「生きている状態でも幽霊になれるんですね」
魔王「死んだ人間より生きている人間の方がこわいですよ」