261.会話 鍵の話
本日もこんばんは。
家の鍵を失くしてはや数年。未だに見つからない天目です。
「勇者さん、管理人さんが施錠したので外に出る時は一声かけてくださいとおっしゃっていましたよ。もう夜も遅いので出ない方がいいですけどね」
「出ませんよ。出るとしても窓から出るのでだいじょうぶです」
「それもやめてくださいね。まあ、窓の鍵は開けられますけども」
「鍵といえば、私たちは鍵を持っていませんね。定住地がないので必要ありませんけど」
「ほしいですか?」
「必要ないと言ったばかりですよ」
「いえ、そっちではなく、定住地の方です」
「魔王城のプレゼンを定期的にやろうとする姿勢はすてきですが、結構です」
「今ならすてきな鍵もついてきますよ。合鍵です」
「そんなに簡単に渡しちゃだめですよ」
「勇者さんに渡さずに誰に渡すんですか?」
「私に訊かれても」
「失くしても勇者さんなら音声認証で開くようにしてありますのでご安心を」
「勝手に登録するな」
「指紋も登録済みです」
「犯罪なんだけどなぁ。でも魔王だもんなぁ、このひと」
「虹彩認証もばっちりです!」
「やだぁ……」
「家の鍵、金庫の鍵、宝箱の鍵、手錠の鍵など。勇者さんの好きな鍵はありますか?」
「好きな鍵ってなんですか」
「おもちゃのようなかわいらしい鍵とか、南京錠を開けるがっちりした鍵とか」
「強いて言うなら、リングについたたくさんの鍵でしょうか」
「じゃらじゃらしたやつですか? ほお、なぜです?」
「正解の鍵を除いてダミーにしておくんです」
「謎のゲームが始まってしまいますよ」
「間違った鍵を鍵穴に入れると死にます」
「デスゲームじゃないですか」
「人生にはスリルがあった方が楽しいですよ」
「欠片もスリルを求めていない勇者さんが言っても説得力がありませんね」
「鍵なんてなくとも開けようと思えば開けられます。物理で」
「一般的な考え方もするように心がけましょう」
「いざという時に、ちまちま鍵を開けていられますか?」
「日常はいざじゃないので必要なんですよねぇ」
「私は天才なので鍵不要説の理由を提示することができます」
「なんですか突然。天才なのは知っていますけど、教えてくださいな」
「魔王さんが鍵になればいいんです」
「……変化魔法で?」
「ご明察。これでいかなる鍵も簡単に開けられますね」
「ぼく、無機物に変化するのは苦手でして……」
「…………はあ」
「だ、だいじょうぶです! いざとなったら鍵ごと壊しますから!」
「一般的な考え方をしてくださいよ」
「一般的にもいざという時は鍵を壊すんですよ」
「失くす可能性がある、窓から入れる、壊せる、いよいよ鍵のプライドが危ぶまれます」
「合鍵を渡す時のどきどきとか、アンティークキーの芸術性とか、鍵ならではの良さがあるんですよ。鍵を開ける時の『ガチャ』って音もいい感じですし」
「まあ、きれいな形をしているとは思いますよ」
「すてきな合鍵でしょう? 気に入ったならどうぞどうぞ」
「魔王城の扉に鍵なんてかかっていましたっけ」
「勇者さんが来るんですから事前に開けておいたに決まっているじゃないですか~」
「さいですか」
「それに、勇者さんが持っている鍵は魔王城の合鍵ではありませんよ」
「じゃあどこの鍵です?」
「魔王城にあるぼくの自室です」
「お返しします」
「そもそも鍵はかけていないのでご自由にお入りくださいね」
「鍵の意味」
「ぼくはいつでもオープンです。部屋も心も」
「やかましいわ。おしゃれな鍵だと思った私の気持ちを返してください」
「勇者さんの部屋の鍵はもっとおしゃれですよ。こちらにあ――」
「結構です」
「では、いつでも入っていいということですね?」
「目を光らせるな。近寄ってくるな」
「とはいえ、旅をしている間は、鍵の出番はなさそうですね。なんてったって、ぼくたちはいつも同じ部屋で寝泊まりし――」
「がちゃん」
「勇者さん? あの、いま鍵のかかったような音がしたんですけど。ぼくまだ寝室に入っていな……。あの、閉め出し……。鍵……。勇者さぁぁぁん!」
「いやぁ、鍵って便利ですね」
お読みいただきありがとうございました。
声紋や指紋は勇者さんが魔王城に訪れた時に採ったらしいです。犯罪ですね。
魔王「窓からこんにちは!」
勇者「ただの変質者ですよ」
魔王「とても寒いです~。開けてください」
勇者「せめて寒そうにしてください。満面の笑みやめろ」