253.会話 家出の話
本日もこんばんは。
勇者さんが家出をしたいそうです。どうしたんでしょうか。
「家出をしようと思うんです」
「とある日の昼下がり、勇者さんは突然ぼくにそう告げ、宿の扉を開け――って、待ってください待ってください家出⁉ なにゆえ⁉」
「一度やってみたかったんですよね」
「ノリが軽い……。深刻な悩みがあるわけでは……?」
「ないです。ただの好奇心です」
「では、ぼくもご一緒しますよ。ひとりでは危険ですからね」
「そうして宿を出て、ふたりは見知らぬ道を歩き始めました――って、これではいつもと同じですよ。旅です」
「家出だと思えば家出ですよ。家を出る、家出です」
「私みたいなへりくつ言わないでください。背徳感が足りません」
「『背徳感』と書いた看板でも背負って旅をします?」
「魔王さんが内心焦っていることは伝わりましたよ」
「だって勇者さんが家出とか言うからぁ……。ぼくとの旅で気に入らないことでもあったのかと思って急いで記憶を辿りましたよ」
「なにか見つかりました?」
「いえ、なにも。とても穏やかな旅です。不満などありません」
「真っ直ぐな瞳でありがとうございます。その自信はどこから湧いてくる」
「その辺の井戸とか?」
「突き落してやりましょうか」
「冗談ですよう。そもそも家出とは、断りなく出て行き、帰ってこないことを指します。勇者さんのように一言申して出て行くのは家出には当たらないかと」
「さすがに無言は失礼かと思いまして」
「ただのいい子ですね」
「夕飯前には帰るつもりでした」
「ただのお散歩ですね」
「うまくいきませんね、家出も人生も」
「比較対象のスケールを考えてください」
「似たようなものでしょう?」
「価値観の違いを考えろとのお告げですね。任せてくださいぼくは魔王ですありとあらゆる価値観を知ることができるすーぱーはいぱーな存在ですぐぬぬぬぬぬ」
「家出って何をすればいいんでしょうか」
「ぼくの価値観から勇者さんがいつも家出している気分です」
「世界一周くらいした方がいいですよね」
「スケールがなんか、あの、あれ、ぼくがおかしいんですかね」
「そしてやっぱり無銭飲食ですよ」
「非行少女勇者さんで新しい物語でも紡ぐおつもりですか」
「空も飛べるはずです」
「飛ばずにずっとぼくのそばで笑っていてください」
「家出はひとりでやりたいのでそれはちょっと」
「では、ぼくは初めてのおつかいを見守る親のごとく、うしろからついていきます」
「親ではない場合、そういったことは何と呼ばれるかご存じですか」
「遠い世界ではストーカーという言葉があるそうですね」
「近い世界、つまりここでも同じ言葉あるんですよ。びっくりですね」
「ぼくの知らない世界です」
「あなたが一番世界のことを知っているはずなんですよ。こっち向け」
「首、首の向きがちょっと、待ってください首がぐぇ。こほん、とはいえ、ストーカーのごとく家出少女に危険はつきまといます。間違っても見知らぬひとに『泊めさせてほしい』などと頼んではいけませんよ」
「ほぼ毎日頼んでいるひとを知っています」
「なんと! 誰ですかそれは危ないのでやめさせないと今すぐ保護に!」
「毎日違うひとにお風呂や食事、寝床を要求して快適に暮らしているんですけど」
「なんてことでしょう!」
「追加で金銭を渡すことでサービスも受けられるそうです」
「なんてことでしょう!」
「宿っていうんですけど」
「なん……。ですが、お宿は安全。……いえ、安全だと思っているだけかもしれませんね。これが価値観の違い。視点の数ですか。当たり前で見えなくなっていたところに潜む危険。ぼくは勇者さんの家出によって気づかされたのです……」
「結局、家出していないんですけどね」
「もしするとしても、一応一言断りを入れていってほしいです。心配なので……」
「スタートから家出できていない」
「変化してうしろからついていきますね……」
「もうぜんぶだめ」
「泊まるところに困ったら金貨を辿って歩いてください。その先にぼくがいます」
「私以外のひとも集まると思いますよ」
「勇者さん優先です!」
「少女ばかりに声をかけるタイプのひとですかね。捕まれ」
「やだなぁ、ぼくは勇者さんにしか声をかけませんよう。うへへへへ~」
「こうして家出欲が湧くんでしょうね」
お読みいただきありがとうございました。
そもそも出る家がなかった勇者さん。
勇者「悲しいことに、魔王さんの隣が一番衣食住に困らないんですよね」
魔王「悲しまずに喜んでくださいよう」
勇者「暇なので家出します」
魔王「また一言ちゃんと言っている……」