238.会話 ラスボスの話
本日もこんばんは。
この世界のラスボスは魔王さんのはずなんです。はずなんです。
「この世界のラスボスについて考えていたのですが」
「それたぶん、魔王さんじゃなくて私が考えるべきことですよ」
「世間一般では魔王、つまりぼくがラスボスだと思うのです」
「奇遇ですね。私もそう思っていますよ」
「けれどぼくは、ラスボスを超えるラスボス、シン・ラスボスがいると考えました」
「疲れた時は寝るといいですよ」
「シン・ラスボス、それは……、勇者さん、きみです」
「違います。寝てください」
「勇者さんの秘めるぐーたら具合や怠惰、食欲や世界に対する興味のなさ、ぼくへの欠片程度の殺意や神様への嫌悪感、かわいらしい見た目に反した強力な力……。ぼくは思いました。この堕落に勝てる者はいない、と」
「秘めていませんけど」
「怠惰の力とは凄まじいものです。極まるとすべてのことに手はつかなくなり、体が地面にくっついたまま離れなくなります。地面はお布団である場合も多いです」
「あー、今の状況の話をしています?」
「すべてのやる気を失うということは、戦闘中ならば戦意といった風に意欲を奪います。これを突き詰めれば、行きつく果ては生存に関わる意欲、つまり生きるための力さえ失うということです。おそろしいと思いませんか?」
「あいにく思考が停止していまして。魔王さんが疲れているのかなぁということしか」
「思考が停止すれば、判断能力も洞察力も機能しません。命に危険が及びます」
「えーっと、つまりなんですか?」
「この世界のラスボスは勇者さん説を提唱しようかと」
「そうですか。お疲れさまです」
「相変わらず興味なさそうですね。勇者さんラスボス説、お気に召しませんでしたか?」
「お気に召すというか、魔王さんが暇なのか疲れているのか気になっています」
「いつも通りおしゃべりしようとしているだけですよ?」
「内容がいつもの私寄りだったので若干不安になりました」
「ぼくは真面目です」
「そこが違いますよね。私はいつも不真面目にしゃべっています」
「ぼくは確かに魔王で強いですが、それまでです」
「魔王である時点で勝ち逃げなんですよ」
「対して、勇者さんは計り知れない力を持っています。ぼくは勇者さんに出会うまで知りませんでした。これほどまでの怠惰を秘める人間がいることを……」
「褒められてはいませんよね、これ」
「勇者さんの怠惰ぱぅわぁーはどんな強敵にも通用するおそろしい力だと思います」
「魔王さんに言われると、まじで私がラスボスみたいになりますね」
「どうですか? ラスボスデビューしてみませんか?」
「ラスボスってそういう感じでなれるものなんですか」
「強い敵を倒せる存在というものは、敵より少し弱いか同等、それ以上の力があると考えられますよね。つまり、敵に取って代わる存在になれる可能性を秘めているのです」
「理屈はわかりますよ」
「人々の認識では、ラスボスは魔王です。しかし、魔王を倒す力を持った勇者もまた、非常に強い存在です。勇者さんが『人間の敵になろう!』と思えばなれるんですよ」
「人間は滅べばいいと思っていますよ」
「すでに敵だったんですか?」
「敵になるのもめんどうなので遠慮します。味方も遠慮ですけど」
「敵でも味方でもない。つまりお友達ということですね」
「たまに魔王さんの思考回路がわからない時があります」
「ぼくは勇者さんの味方ですよ」
「では、お友達ではないということで」
「あっ、待ってください今のは言葉の綾というかより重要視しているのはお友達より味方ですよって意味でお友達にもなりたいですが最終的にはやっぱり味方でいたいと思――」
「魔王さんがラスボスになる時は来るのでしょうか」
「一応、現在進行形でラスボスのはずなのですが」
「普段の魔王さんでは、せいぜい中間ボス、いえ、最初に倒す雑魚敵ですよ」
「そんなに弱く見えますか?」
「勇者である私は魔王としての力を感じられますけど、一般市民から見たらわかりませんからね。もっと怖い顔でもしたらいいですよ」
「親しみやすさが重要です。人間と仲良くなる第一歩は大切ですからね」
「魔王さんはラスボスっぽさが足りないんでしょうね」
「勇者さんの冷たい目はラスボスにふさわしいかと」
「冷たいですか? なにも考えていないだけですよ」
「虚無と怠惰を感じます」
「勇者も魔王もラスボスも人間もやりたくないです。ただ無になりたい」
「そのうちブラックホールを操って何もかも消し去りそうですね」
「いいですね。世界は消えればいいんですよ」
「とか言いつつもお菓子を食べるんですね。おいしいですか?」
「おいしいです。そしてこれが真のラスボスです」
「どういうことですか?」
「欲ですよ」
お読みいただきありがとうございました。
ラスボスとは(哲学)。
勇者「この世界に怠惰を広めれば、何もせずともゆっくり終わっていくんじゃないですかね」
魔王「穏やかな終わりですか」
勇者「世界が終わるのはどうでもいいですが、お菓子が終わってしまったのは悲しいです」
魔王「欲に溢れてていいと思います」