233.会話 おむすびころりんの話
本日もこんばんは。
昔はできた三角おむすびが握れなくなった天目です。これが衰えでしょうか。
「天気のいい日に山でのんびりお昼ご飯を食べるなんて、すてきな一日になりそうですね。というわけでおむすびを作りました。どうぞお食べください」
「ありがとうございます。……そんなに見なくても落としたりしませんよ」
「いえいえ、おむすびを落としたらいいことがあるかもしれませんよ」
「食べ物を粗末にしないでください」
「ええと、こんなお話があるのですよ。心優しいおじいさんが落としてしまったおむすびが穴に落ち、そこから『おむすびころりんすっとんとん』と声がした。おじいさんが穴を覗くと、そこはねずみたちの世界が広がっており、おむすびのお礼につづらをプレゼントされるのです。大きいつづらと小さいつづら、謙虚なおじいさんは小さい方を選び家に帰ります。すると、つづらの中にはたくさんの財宝が入っていた……という話です」
「おむすびのお礼に財宝をもらう、ですか。おかしな話ですね」
「そうですか?」
「財宝があるなら自分たちでお米を買えばいいのです。好きなだけ食べられるじゃないですか。ねずみだから買えない、と言ったらそれまでですが」
「たしかにそうですが、このお話には続きがありますよ。それを聞いた別の欲深いおじいさんがおむすびをわざと落とし、つづらを両方とも持ち帰ろうとします。けれど、うまくいかなかった……という顛末です」
「おもしろいですね」
「昔話っておもしろいですよね。他にもたくさんあるのでぜひ――」
「ねずみっておむすび好きなんですね」
「そこですか。ねずみですからなんでも食べると思いますよ」
「財宝を持ちながら転がってきたおむすびを喜ぶとなると、ねずみたちは地下世界に囚われて出られないのかもしれません。おじいさんのおむすびが唯一の生命線……」
「そんな危機的状況にあったんですか?」
「おじいさんは出られたことを考えると、何らかのボスが存在し、ねずみたちの自由を束縛している可能性があります。財宝でお腹はたまらない。この話はそれを伝えたかったのでしょう……。深い話だ」
「おむすびころりんの教訓は因果応報だった気が」
「おむすびを喜んだ理由は二つあるってことですよ。まずは食糧の確保。次に救助」
「なんだか悲しくなってきました」
「きっと、最初のおじいさんが選ばなかった大きいつづらにボスが入っていたのでしょう。そっちを選んでいたら、おじいさんの命はなかった……」
「緊迫感が出てきましたね」
「おむすびころりんの『ころりん』は、おむすびが転がっている様子ではありません」
「ほお、ではなんですか?」
「ねずみたちの命や自由がボスの手のひらの上で転がされていることを示しています」
「メ、メッセージということですか!」
「『すっとんとん』にも意味はあります。ボスが毎日生贄を要求するのです。恐怖に震えながら、ねずみたちは一匹のねずみをすっと差し出し、ボスはそれをまな板の上でとんとん、とんとんと料理するのでしょう。彼らが置かれている悲惨な状況を伝えようとしていると考えられます」
「想像力が豊かというか、ぶっ飛んでいるというか」
「ああ、哀れなねずみたち。彼らが救出される日はくるのでしょうか」
「ぼくの中のおむすびころりんが迷走しています。これが『物語は伝えらえる』ということなのでしょうか……」
「優しいおじいさんが小さなつづらを選ぶことを謙虚だと表現していましたが、必ずしも謙虚だとは言えないと思いますよ」
「おや、そうですか?」
「おじいさんが落ちてしまえるくらいの穴とはいえ、そんなに大きなものではないでしょう。加えて、家から持って来た他の荷物もあるはずです。家までの距離は不明ですが、おじいさんならば長距離の移動は厳しい。なるべく身軽でなくてはいけません。となると、必然的に小さい方を選ぶしかないのですよ」
「た、たしかに……」
「どう持ったって片手が塞がります。山道を歩く際に手が塞がるのは危険です。山に生きているおじいさんが両手を塞ぐような真似はしませんよ」
「現実的な感想ですね。では、勇者さんも小さいつづらを選ぶってことですか」
「ねずみっておいしいんでしょうか」
「勇者さん?」
「私はその時の気分で選ぶと思います。つづらが持ちにくいのならば、中身だけ出せばいいと思いますし。鞄に詰め替えれば、ある程度の量なら入ると思いますから」
「現実的ですねぇ」
「とはいえ、私の場合はまず、ねずみたちに会わないでしょうね」
「お話が始まりませんね」
「この物語は、はやく走れないおじいさんがおむすびを落としたことで進んでいきますよね。落としてしまったおむすびを捕まえればそれまでです」
「おじいさんは足腰悪いですからねぇ」
「私なら絶対に逃がしませんよ」
「特に食べ物には敏感ですもんね」
「おむすびもねずみも」
「ねずみは見逃してあげてください」
お読みいただきありがとうございました。
三角おむすびを諦めて丸おむすびと手を結びました。
勇者「そもそも、転がっていくような坂の近くでおむすびを食べるな」
魔王「他に場所がなかったんですよ、きっと」
勇者「転がりそうな時は、先にストッパーを作っておくべきですよ」
魔王「食べ物のことになると厳しいですね」