223.会話 スケジュールの話
本日もこんばんは。
スケジュール通りに動けないのではありません。スケジュールがこちらに合わせてくれないのです。そんな話です(違います)。
「ぼくたちの旅は目的地も大層な理由もありません。毎日ぶらぶらと進んでいますよね。ということで、たまにはスケジュールを立てて旅をしてみませんか?」
「めんどくさそうな予感がするので却下」
「勝手にしゃべるので聞いていてください。お菓子どうぞ」
「むしゃあ」
「今日から一週間、毎日の目標を定めて旅をするのです。今日はこれをする、ここに行く、といった感じに。難しく考えなくてもいいのです。小さなことでもひとつ、ですよ」
「もぐもぐ」
「ぼくが例を出しますね。今日はこの近くの町まで進む。明日は有名なパン屋さんのパンを買う。明後日は隣町のお宿でのんびり……。最終日は観光客も多く訪れるという温泉街で一泊しましょう。お風呂に入りましょう~。あ、ご安心を。個室に温泉がついて――」
「……もぐ」
「勇者さん……目がこわいのですが……」
「……もぐもぐ、むしゃあ……もぐ……」
「しゃべってください?」
「魔王さんと旅をしてしばらく、だんだんあなたのことがわかるようになってきました」
「それはすばらしいことですね」
「スケジュールを立てたり目的を決めたり、それ自体は悪いことではありませんが、その背景にある不純な動機が見え見えです」
「不純だなんて失礼な。ぼくは素直な気持ちを言葉にしているだけですよ」
「温泉には入りたいです」
「おっ!」
「ひとりで」
「しょも……」
「やっぱりふたりで入るつもりでしたか」
「あっ‼ しまった……。はめられましたぁ……」
「隠す気もなさそうでしたけどね。魔王ともあろうひとが、ずいぶんお間抜けなことで」
「人気の観光地なのでお宿を取るのが大変で……。一か月前に一部屋空いたと聞いて思わず予約してしまったのです」
「どうにかそこに行くために、普段は立ててもいないスケジュールを立てようとしたんですね。それなら遠回しな言い方をせずにそう言えばいいのに」
「一番の目的は温泉宿ですが、勇者さんとスケジュールを立てる行為にも意味があるのですよ。明日は何しよう、明後日は何しようって考えるだけで楽しいでしょう?」
「ぐーたらしたいです」
「明日行く予定のパン屋さんには『死ぬまでに食べたい幻のクロワッサン』があるとか」
「楽しみですね」
「勇者さんがやっとまともな姿勢になった……」
「明後日は隣町の宿でのんびりする、でしたっけ。私みたいなことを考えるんですね」
「お宿でのんびりしながらできる遊びをご用意してありますから」
「のんびりすると遊ぶは違う」
「そう言わずに。勇者さんもスケジュールを立ててみませんか? 遠い未来ではなく、すぐやってくる未来の話なら想像しやすいかと」
「今日、のんびり。明日、のんびりかつパンを食べる、明後日、のんびり、その次――」
「もうちょっとですね、あの、具体的にというか、他のこともですね」
「今日、魔王さんの首を落とす、明日、魔王さんの体を真っ二つにする、明後日、魔王さんの飲み物に毒薬を混ぜる、その次――」
「物騒なスケジュールはやめていただいて」
「七日後、温泉を楽しんだら旅はおしまい」
「……えっ」
「って言ったらどうします?」
「……び、びっくりしましたよ。冗談……ですか? 本気ですか?」
「さあ。私が旅をやめる気がなくても、いつか旅は終わるものでしょうから」
「だとしても、それが七日後はさみしいです」
「その日がいつなのかわかっていれば、それまで楽しめるんじゃないですか?」
「スケジュールは未来のわくわくを形にしたものであってほしいのです。旅の終わりを決めるスケジュールなら、ぼくはいりませんよ……」
「偶然ですね。私もスケジュールはいらないと思っていました。毎日コツコツ予定を決めるのってめんどくさそうで」
「お勉強はコツコツやっている――」
「なにか言いました?」
「い、いえいえ。……ですが、そうですね、ぼくたちの旅は終わりが決められた有限の旅。やりたいことはたくさんありますが、スケジュールに追われて生きるのは勇者さんに合っていません。やっぱり、ぼくたちはのんびりまったり進むのがいいのです」
「その通りです。そんなわけなので、私はここで昼寝でもします」
「では、ばくは勇者さんの寝顔を眺めるとします」
「やめろ」
「ところで勇者さん。スケジュールを廃棄するのは構わないのですが、それだと明日のパン屋さんの予定もなくなりますが、いかがいたしま――」
「わあー、なんてすてきなスケジュールでしょうかー。この通りに行きましょう必ず」
「ぼくのことを言えないくらい、きみも欲望に素直ですよね」
お読みいただきありがとうございました。
勇者さんは、必要な時は真面目にスケジュールを組むタイプです。
勇者「『死ぬまでに食べたい幻のクロワッサン』って、食べたら死んでもいいんですかね」
魔王「言葉の綾ですよ。それくらいおいしいってことです」
勇者「それなら『食べたら死ぬクロワッサン』の方がよくないですか?」
魔王「もはや毒物の言い方なんですよ」