214.会話 全知全能の話
本日もこんばんは。
全知全能でなくても今日もくだらない会話をしていることは明白です。
「勇者さんは、全知全能になったら何をしたいですか?」
「まずは昼寝します」
「あまりにブレなくて驚きました。お昼寝するんですね」
「なんでも知っていて、なんでもできるってことですよね? だったら、とんでもなく素晴らしい奇跡の昼寝ができるってことですよ」
「すみません、ご説明いただいても?」
「やだなぁ、全知全能なら説明する必要はありませんよ」
「ぼくは全知全能ではありませんので」
「魔王なのに違うんですね。不老不死とセットにしてもよさそうなのに」
「全知全能は神様のものらしいです。別にいりませんし、あれと同じになりたくないし」
「どうでもよさそうな顔の魔王さん、ちょっとレアですね」
「最初からすべてを知っているよりも、少しずつ知っていきたいと思うのです。その内容も、過程も、すべて宝物になるのですよ」
「私のすべてを知ることができても?」
「すべっ……。人には知られたくないことの一つや二つはあるでしょう!」
「いま、本音が漏れそうになりましたね」
「そりゃあもちろん⁉ あれやこれやそれやどれやを知りたくないと言えば百パーセント嘘になりますけど⁉ そういったことは勇者さんの声と言葉で知ることに意味があってですねぇ! 当人が知らないところで情報を入手しても価値はそこまでないんですよ!」
「多少はあるんですね」
「勇者さんの情報なんていくらでも知りたいですからね」
「言っていることはやばいのに、顔が穏やかすぎて騙されそうになります。危険」
「ご安心ください。スリーサイズは死守して墓場まで持っていきますから」
「聖書のように日記帳を抱きしめるのやめてもらっていいですかね。ていうか、やっぱり知ってたんですね。どうりで魔王さんが用意する服がサイズぴったりだと思った」
「もうバレているだろうなぁと思って言っちゃいました」
「そうですね。死んでください」
「えへっ」
「このやろう……。いい笑顔だな……」
「全知全能でなくてもひとは幸せになれるということですよ。いえ、知らないことがあるからこそ、ひとは幸せになれるのです」
「聖女みたいに教えを説きながら人のスリーサイズを眺めるな。そのページ破くぞ」
「死守!」
「こんなところでガチモードにならないでください。もったいないです」
「すみません、つい」
「魔王さんが全知全能だったら、このくだらない会話のいくつかは行われなかったでしょうね。だって、質問する意味がないんですから」
「さみしい……」
「なんでも知ってる、なんでもできる。魔王っぽいとは思いますが、あなたっぽくはありませんね」
「そ、そうですか? 全知全能じゃない方がぼくっぽいのですか?」
「ええ、それはもう」
「そ、そうですか。えへへ、えへへへ」
「ばかっぽくて」
「うぐぁあ」
「魔王のくせに勇者である私に弄ばれているあなたは愉快ですよ」
「褒められているのでしょうか」
「全知全能じゃないならほんとうの意味は自由に決められるのですよ。よかったですね」
「うまく言いくるめられた気がします」
「なんでもかんでもわかってしまうのは、ちょっとつまらないかもしれません」
「プレゼントは中身を知らない方が楽しいですもんね」
「そう、知らない方が幸せなこともあるのです。世の中とはそういうものです」
「勇者さんの雰囲気が怪しくなってきましたね。これは何か企んでいる気がします」
「全知全能ならわかったでしょうね」
「優しげな笑みで箱を持つ勇者さん……。この流れは、もしや……」
「開けてみますか?」
「中身、こんにゃくの気がします……」
「開ければ真実が、開けなければ可能性だけが残ります」
「今だけ全知全能になることは可能でしょうか」
「諦めてください」
「かなしい……。せっかく勇者さんがぼくに何かくれようとしているのに……」
「私が何かをあげようとした、という事実は獲得したでしょう」
「へりくつ……」
「すべてを知ることが幸せではありません。さて、しゃべりつかれたのでコーヒーでも入れましょうか」
「珍しいですね。勇者さんはあまりコーヒーを飲まないのに」
「昨日倒した魔族が持っていた豆があるので。どうぞ」
「ありがとうございます。なになに……名前は『コピ・ルアク』? アッ、えっと、あの、ぼくはちょっと遠慮しておきます‼」
「ほら、知らない方がいいことってあるでしょう? ……あ、おいしいですね、これ」
お読みいただきありがとうございました。
勇者さんはコーヒー豆の名前を読めていませんが、説明書の絵から察しました。察したうえで飲んでいます。
勇者「高級豆らしいですよ」
魔王「それはそうなんですけどぉ~……」
勇者「おいしいのに」
魔王「それが何か知りながら飲める勇者さんはいつも通りですねぇ」