211.会話 名前の話その➁・偽名
本日もこんばんは。
主要人物の名前がないまま211話まできました。おふたりに名前がつく日は来るのでしょうか。
「いざという時のために、ぼくたちの偽名を考えようと思うのですが」
「結構です」
「結構しないでください。勇者さんを『勇者さん』と呼べない時、毎回大変なんですからね。勇者さんもぼくを『魔王さん』と呼べない時、ちょっとめんどくさそうにしているではありませんか」
「だからといって、名前はいりません。なんとかなります」
「なんとかならない時のために考えておくんですよ。もちろん、いきなり決めるのは難しいと思ったので、こちらに赤ちゃんの名前ランキングをご用意しました」
「私は赤子だって言いたいんですか?」
「さ、参考にためにちょうどよかっただけですよう! えー、こほん。いくつか挙げてみますね。エマ、オリヴィエ、シャーロット、ソフィア、ミア、エルノア、スカーレット」
「私には似合いませんよ」
「そんなことありませんよ。かわいくてどれも勇者さんにぴったりです。他にも、エレナ、アイビー、アンナ、クリスティーなど! どうですか?」
「ちょっと長い」
「な、長いですか……。では、二文字にしてみましょう。リン、ヒナ、ウタ、リコ」
「二文字ならもうあります」
「ぼくは呼べないじゃないですかぁ……」
「私はひとまず置いておいて、魔王さんはどれがいいんですか?」
「ぼくですか? うーん、かわいらしい響きのものがいいですねぇ。あとは、以前も言ったように好きなものから取るというのも」
「真紅、とか?」
「すてきですね!」
「見た目と反しすぎている」
「い、いいじゃないですか。勇者さんだって、蒼とか碧とかお似合いですよ」
「……そうですか。いま、赤ちゃんの名前ランキングを使っていますけど、人間の赤子ですよね? 魔族の名前ランキングとかないんですか」
「うーん……。そもそも、魔族は人間と比べて名を持つ文化はありませんからねぇ」
「え、そうなんですか」
「人間と比べると、ですよ。ですから、普通に名を持つものもいます。けれど、意図的に持たないようにしているものがほとんどでしょうね」
「なにゆえ」
「神様から聞きませんでした? 魔族は名を利用した魔法を回避するために、意図的に命名を避けているって」
「……知らない」
「名を利用した魔法というものは、本名以外に愛称でも適用範囲になることが多いので、よほど強い魔族魔物でなければ自分の名は持っていませんよ」
「へえー。もしかして、名前が多ければ多いほど、魔法が強くかかるとか?」
「名は魔力に刻まれますからね。その解釈は正しい――って、あの? なぜ名前ランキングに片っ端から丸印をつけているのですか?」
「ぜんぶ魔王さんの名前にして超強力な魔法をかけようと思いまして」
「思い立ったらすぐ行動に移せるのは良いことです。……けど、勇者さん、名を使った魔法ってご存じなんですか?」
「……知らない」
「神様から聞きませんでした?」
「……うううう」
「とはいえ、例のごとくぼくには効きません。お好きな名でお呼びくださいね」
「うわ、腹立つ笑顔」
「はやくしないと勇者さんの名前もぼくが勝手に決めますよ?」
「ええ、やめろ」
「アカネとかどうですか? 少し暗めの赤色の名称です」
「ナマエ……イラナイ……」
「なぜカタコト」
「魔王さんのぶんだけ決めればいいじゃないですか……ワタシ、ナマエイラナイ……」
「勇者に間違われるぼくはなくても平気ですけど、勇者さんが困るでしょう。モミジやサクラ、ウメもいいですよ」
「オハナ……ワタシニニアワナイ……」
「だからなぜカタコト」
「魔王さんは青や白にまつわる言葉とかどうでしょうか」
「あ、逃げた」
「サファイア、ラピスラズリ、マリン、アイボリー、スノウとか」
「勇者さんが選んでくださったものであればなんでもうれしいですよ」
「言ったな?」
「常識の範囲内でお願いします」
「グレイでいかがでしょう」
「グレイ? 灰色ですか?」
「その通りです。白と黒の中間の色ですよ」
「案外ふつうのものが出てきましたね。理由をお訊きしても?」
「勇者は白、魔王は黒として、魔王さんは勇者っぽくてどっちつかずなので灰色です」
「よくわかりましたけど、その理屈でいくと勇者さんの名前もグレイになりますよ」
「仕方ありませんね。魔王さんの名前はグレイツーです」
「グレイツー⁉」
「そして私はグレイワンです」
「そこはグレイでいいじゃないですか」
お読みいただきありがとうございました。
結局名前が決まりませんでした。
魔王「『勇者様』と呼ばれるぼくはいいですけど、やっぱり勇者さんは困りますよ」
勇者「『ユーシャ』という名前にしましょうか」
魔王「紛らわしいですよう」
勇者「『マ・オー』はどうですか」
魔王「決める気がないようですね……」