198.会話 鶴の恩返しの話
本日もこんばんは。
あの有名な物語もおふたりの餌食になるようです。
「いいですか、勇者さん。ぼくは今から部屋にこもりますが、絶対に扉を開けてはいけませんよ。それでは、しばしの別れです」
「ガラッ」
「勇者さん?」
「すみません。開けるなと言われると開けたくなるんです」
「そういった好奇心によって鶴も去ることになってしまったのです」
「羽織っている布はなんですか」
「昨日、お店で見かけて買ってしまったんです。とってもきれいですよね」
「私に被せるな」
「勇者さんは鶴の恩返しという物語をご存じですか? 罠にかかった鶴を助けた老夫婦、もしくは男性のところに数日後、美しい女性が訪ねてきて一緒に住むことになるのですが、女性は『決して部屋を覗かないでください』と言って部屋にこもり、出てくると大変すてきな布を持っていたと。布は高く売れましたが、つい気になってしまった人間は部屋を覗いてしまいます。すると、一羽の鶴が自分の羽を抜いて布を織っていたのでした。正体がバレた鶴は人間に助けてもらった恩を返しに来たと告げ、もう一緒にはいられないと飛び立ってしまうのでした」
「へえ」
「簡素な感想ですね」
「鶴の恩返しがどうかしたんですか」
「昔話には教訓が込められているものです。鶴の恩返しならば、『約束を破ってはいけない』とかでしょうか。結んだ約束を破れば報いを受ける……自然の摂理ですね」
「報いを受けたくないのならば、最初から約束など結ばなければいいのです」
「それでも結んでしまうのは感情あるものたちの性ですよ」
「それを伝えたくてわざわざ布を買ってきたんですか?」
「いえ、ほんとにきれいだったからです」
「巻くな巻くな。ところで、鶴の恩返しの話を聞いて思ったんですけど」
「なんでしょうか?」
「鶴は自分の羽を抜いて布を織っていたんですよね」
「はい。解釈によっては、鶴はひどくやつれてしまったと記されていることもあります」
「それなら、人間は部屋を覗いてしまってよかったと思いますよ」
「なぜです? 人間は大切な存在になった鶴とお別れしなくてはいけなくなったのに」
「自分の命みたいな羽を使って恩返ししていたんでしょう。人間が約束を破ったことはたしかですけど、それによって鶴の命を救ったとも考えられるのではないでしょうか」
「た、たしかにそうですね。ぼくは鶴と人間のお別ればかり気になってしまって、考えたことがありませんでした」
「罠にかかった鶴を助けた人間、約束を破ったことで結果的に鶴を救ったことになる人間。この物語において、人間は二度、鶴を助けているんですね」
「ほあ~……。そんな考えが……。これは一度、お鶴さんに聞いてみなきゃですね」
「お鶴さん?」
「『鶴は千年、亀は万年』ということわざをご存じですか? 長寿を表す縁起物です」
「長寿……。ん? つまり?」
「鶴の恩返しで有名なお鶴さん、魔族ですよ」
「最近、そうじゃないかなって思えるようになってきました。慣れです」
「ぼくが知っている話と、人間界で広まっている話では結構違うものが多くておもしろいんですよねぇ」
「魔王さんくらいしかできない楽しみ方ですね」
「お鶴さん、ご自分の羽で攻撃するので強いんですよ~」
「あ、羽の重要度ってそんな感じなんですね」
「羽は回復するそうです。だから、勇者さんのようなすてきな考えにならなくて……」
「その話を聞いたあとでは私も考えられなくなりました」
「罠にかかったというのも、あれたしかご自分でかかりにいったらしいですよ」
「まじか。おいこら鶴」
「お鶴さんレベルの魔族にとって人間の罠などおもちゃみたいなものですからね」
「世の中、知らない方がいいことってあるんですね」
「お鶴さんの正体とかですか?」
「鶴の恩返しでも、人間は部屋を覗くべきではなかったのですよ……」
「さっきと言っていることが真逆ですね」
「でも、知らなくていいと言われると知りたくなるのが人間というものです。ここはひとつ、『衝撃! 鶴の恩返しの真実』というタイトルで暴露本を書きましょうか」
「本を書くならかぐや姫さんが適任ですね。連絡しましょうか?」
「昔話大乱闘の予感」
「ぼくは勇者さん側です」
「それが一番おかしいんですけどね」
「ぼく、久々にお鶴さんの攻撃を見たいです。おもしろいんですよ、彼女の技」
「へえ。例えば、どんなのがあるんですか」
「羽を何重にも重ねて刃のように振りかざす……名前はなんて言いましたっけね。ああ、思い出しました」
「なんですか?」
「鶴の倍返し」
お読みいただきありがとうございました。
お鶴さんもいつか出てくるかもしれません。出てこないかもしれません。
勇者「鶴の羽で織った布ってどんな感じなんでしょうか」
魔王「買いに行きますか? お鶴さんは呉服屋さんをやっていまして、色々売っていますよ」
勇者「効率のいい生き方ですね」
魔王「値段はぼったくりですけど」
勇者「まあ……自分の羽をむしっているしな……」