181.会話 鐘の音の話
本日もこんばんは。
更新時間は23時なので、ちょうど鐘の音が聴こえる頃でしょうか。
ぜひ、耳を傾けながらおふたりの会話をお読みください。
「なにか音が聴こえます。なんでしょうか、こんな夜に」
「今日ばかりは許してあげてください。あの鐘の音はぼくたちの煩悩を消してくれるすばらしいものなんですよ」
「煩悩? 鐘を鳴らしただけで消えるわけないでしょう」
「そこはまあ、そういうものだと思ってくださいな」
「ずっと鳴っていますけど、いつまでこの状態なんですか? 誰が鳴らしているか知りませんが、がんばりますねぇ。寒いだろうに」
「鐘の回数は百八回ですよ」
「長いですね。キリよく百回にしたらいいのに」
「一説には、煩悩の数が百八個なのだそうです。例えば、飲食欲とか睡眠欲とか」
「待ってください。それを消されたら私には何が残るんですか」
「もうちょっとご自分に誇りを持っていただきたいですね」
「ていうか、人間から食べる眠るを奪ったら死にますよ」
「そこまで消すわけではありませんよ。際限なく食べたいとか、空腹を満たしたのに食べ物を求めるとか、生命維持以上の欲をいっているのでしょう」
「その考えでいくと『甘いものは別腹』は消去対象ですよ」
「今すぐ止めに行きましょう」
「別腹だから食事とは別の必要要素にすればだいじょうぶです。煩悩の裏ルートです」
「へりくつが生まれる思考は煩悩に入るんでしょうか」
「純粋な思考の元、しゃべっています」
「その純粋な思考はいま何を思っているんですか?」
「もうこたつから出たくない……至福……」
「煩悩の塊ですねぇ。そういえば、鐘の音には邪気を祓い、身を清める意味もあるそうですよ。鐘の音を聴いているぼくたちにも恩恵がたくさんですね」
「私はよくても、魔王さんはそれでいいんですか」
「な、なにか問題が……?」
「邪気が祓われ、身を清められたら、魔王さんには何が残るんですか」
「ぼくが残ります!」
「邪気と煩悩の象徴みたいなものなのに」
「ぼくの煩悩は愛と優しさからくるものです。祓われるようなものではありませんよ」
「自信満々ですね。一方的な愛は自己の欲望から生まれるものですよ」
「遠回しに祓われろって言っています?」
「素直な私にはちょっとわかりませんね」
「ご自分で言ったばかりなのに……。そうだ、勇者さん。寒くて鐘を見に行くようなことはしないと思いまして、こちらにご用意した物が」
「なにこれ」
「呼び出しベルです。今は百均でなんでも手に入る時代です。いえーいちりーん」
「まさかと思うので何も言わないでおきます」
「そういう時は言った方がいいですよ。呼び出しベルを使って『鐘の音が聴こえたら押せ! どっちが速く押せるかな?』をしましょう」
「をしましょう、じゃないんですよ。人間たちはこれをやるんですか?」
「もちろ……んです!」
「怪しいな。怪しい。ちりーん」
「怪しかったら押すわけではありませんよ。鐘の音が聴こえたら押すんです」
「ちりーんちりーんちりーんちりーんちりーんちりーんちりーん」
「連打したら鐘の音が聴こえませんよう」
「勝ったらなにがもらえるんですか?」
「鐘もびっくりの煩悩ですね。消える気配がありません。夜に食べる甘いものは格別ですからね、ケーキをご用意しましたよ」
「その大きさ、最初から分けるつもりでしょうけど……。まあ、いいです。付き合って差し上げます」
「さすが勇者さん。では、いきますよ~」
「はい、もらった。ちりーん」
「あれぇ! 鐘と同時ですと!」
「鐘の音は一定の間隔で鳴らされています。それさえわかれば聴こえてからではなく、同時に押すことも可能でしょう」
「一定の間隔って言いますけど、ぼくたちずっとおしゃべりしていましたよね……? いつ間隔を理解したんです?」
「いつもなにも、ずっと聴こえているんですから、自然とわかるでしょう」
「…………」
「なんでケーキ丸ごと渡してくるんですか」
「なんか……完全敗北を感じて……。むしろ食べていただきたいって感じで……」
「何を言っているんだか。切り分けますよ。ナイフありますか」
「あ、それはぼくが! 危ないのでね、勇者さんはだめですよ」
「私の武器、大剣なんですけどねぇ」
「はい、どうぞ。完全勝者なんですから、ぜんぶ食べてもよかったんですよ?」
「完全勝者ってなに。……いえ、これでいいんですよ」
「夕飯、そんなにお腹いっぱい食べましたっけ?」
「そこまででは。でも、消されちゃったので」
「えっ、な、何をです?」
「ちりーんちりーんって。全然音が違いますけどね」
「……おや、鐘の音が」
「どうやら、人々の煩悩を消し終わったようですね」
「今からケーキ食べるんですけどね」
「それは仕方ありませんよ。だって、甘いものは?」
「別腹です!」
お読みいただきありがとうございました。
今後も勇者さんと魔王さん(とその他のみなさん)をよろしくお願いいたします。
それではみなさま、よいお年をお迎えくださいませ。
勇者「あの鐘を鳴らしていた人って誰なんでしょうか」
魔王「あなたです」
勇者「魔王さんの二人称は『きみ』でしょう」
魔王「そういう歌があって……」