180.会話 トンネルの話
本日もこんばんは。
山奥のトンネルなどの怪しい雰囲気が好きです。
「トンネルの先は異世界に繋がっているという噂、勇者さんはどう思いますか?」
「転移魔法とか使っただけじゃないですか?」
「たしかに、その可能性はありますねぇ。ですが、世の中には得体の知れないものがたくさんある――って、勇者さん。この話を聞いてよく躊躇いもなく足を踏み出せますね」
「この先に道が続いているんですから、行くしかないでしょう」
「かっこいいですねぇ。暗いですから、足元気をつけてくださいね」
「終わりが見えないんですが、どんだけ長いんでしょうね。おお……、涼しい」
「空気が変わりましたねぇ。あーあー、声が響いておもしろいです」
「うわ、水たまり……。このトンネル、今も使われているんでしょうか。昼間なのに人の気配もなくて、誰かが通った跡もないような」
「山の奥深い場所にありますし、忘れ去られたトンネルかもしれませんね」
「よっと、えい、そーれ、おりゃ」
「なんの遊びですか? かわいいので動画を撮ってもいいですか?」
「やめてください。足音がとんでもなく響くので、おもしろくてステップを踏んでいるだけです。どこまで響くんでしょうね」
「ひとつの音が長く響くので、ぼくたち以外にも誰かいるような錯覚に陥りますね」
「……そういうことをだな」
「はい? あれ、なんだかお顔がこわいですよ?」
「……別に、なんでもありません。それにしても薄暗いですね。進むにつれて入り口の光も弱くなっていくので、心もとない明かりが頼りです」
「劇強ライトはこちらに。ぺかーよりも強いべかー!」
「意味がわかりませんが、明るくなりましたね。うわ、ライトをぶんぶんしないでください。光源があっちこっちで目がおかしくなります」
「すみません、つい。……勇者さん? なんでぼくの後ろにいるんですか?」
「気にしないでください。…………わっ‼」
「わぁっ⁉ ちょっ、ちょっと、おどかさないでくださいよ! こらー! ぼくを置いてけぼりにして走らなーい! 暗くて転んだらどうするんですか。せめてライトを持って行ってくださいよう」
「あはは。さっきからからかうタイミングを見ていたんです。なにせ暇なもので」
「ずーっと真っ直ぐ歩いているだけですもんね。風景も変わりませんし、出口も全然見えてきませんし。『距離二キロ』って表示、ほんとに合っているんでしょうか……。声が響きまくるのでおしゃべりするのも一苦労です。声が重なって聴こえるのでうまく聴き取れなくって」
「魔王さんが大きな声で叫ぶからじゃないですか?」
「おどかした人が言いますか、それ」
「おや、ここからトンネルの様子が違いますね。ずっとすべすべだったのに、これは土でしょうか」
「手掘りのままって感じですね。古いトンネルに繋がっているのでしょう」
「雰囲気がありますね。そしてさらに暗い。出口はいつになったら見えてくるんですか」
「かなり歩いている気がしますけど、トンネルの中なので距離感覚が狂っているのかもしれません。意外と全然歩いていないことも……」
「飽きてきました。魔王さん、トンネル破壊して外に出ましょうよ」
「だ、だめですよ。トンネルを途中で壊すと崩落の可能性があります。生き埋めになっちゃいますよ」
「一メートルごとに雑魚魔物一匹設置しておいてほしいです。百匹倒したらゴールで」
「千本ノックですか」
「魔王さん、なにかおもしろい話をしてください」
「無茶ぶりですねぇ。では、なぜ空は青いのかについてお話します。これには太陽の光が関係しているのですが、空を青く見せるための光は――」
「一切の太陽光が遮断されたトンネル内で言う話じゃないです」
「勇者さん、青が好きだからいけるかと思いまして……」
「せめて外に出てから解説してください。他にはありますか?」
「そうですねぇ。では、このトンネルにまつわる話を」
「そんなのあるんですか」
「入り口に看板が立っていたのを覚えていますか? そこには、このトンネルで起きた不可思議な出来事について書かれていたのです」
「不可思議な出来事?」
「かつて、トンネルを境にふたつの村があったそうです。ある時、看板があった側の村に住んでいた幼いこどもが、向こう側の村に行くと言ったきり行方不明になったのだとか。ふたつの村の大人たちは捜索しましたが、どこにも見当たらない。トンネルは真っ直ぐで迷うはずもない。近辺の山にもいない。持っていたクマのぬいぐるみどころか靴や衣服も見つからず、一切の情報がない。結局、こどもは行方不明のままになってしまったそうです。それから数年が経ち、村を行き来するためにトンネルを歩いていた人があることに気がつきます。ひとりで歩いているはずなのに、やけに足音が多い気がする、と。振り返っても誰もいない。声をかけても返事はない。不思議に思いつつ歩き続けますが、また首を傾げます。いつまでたっても出口に着かない。不思議な体験をしたと証言する村人は後を絶たず、証言が増えるにつれて謎の行方不明者も増加していったそうです。事態を重くみた村長はトンネルの使用を禁止。それ以来、このトンネルに入る者はどこかに連れていかれると恐れられるようになったそうです」
「……なぜそれをはやく言わないのです」
「こういうのは大体、作り話ですから。暇つぶしにはなったでしょう?」
「魔王さんが話し始めた途中から、音が増えたことに気がついていましたか」
「ふぇ? なんの音ですか?」
「足音」
「おやおや」
「あと、訊きたいことが」
「なんでしょう?」
「さっき、トンネル距離二キロって言いましたよね」
「言いましたね」
「さすがにそろそろ出口が見えてもいいと思いませんか」
「思いますね」
「もうひとつ、訊いてもいいですか」
「なんでしょう」
「最初に行方不明になった幼いこどもが持っていた物、なんでしたっけ」
「たしか、クマのぬいぐるみですね」
「魔王さん」
「はい」
「数メートル先の水たまり、見えますか」
「見えますよ」
「なにか落ちているんですけど、何に見えますか」
「クマのぬいぐるみですね。クマの……ぬいぐるみ、ですね」
「そうですか」
「そのようです」
「これ、言おうか迷ったんですけど」
「言ってみてください」
「さっきからやかましくないですか」
「ぼくがですか」
「それならいいんですけどね、いやよくないけど、どうやら違うようです」
「そうですね。ぼくも勇者さんの声だけ聴いていたいですけど、ノイズが多いですね」
「どうしましょうね、魔王さん」
「どうしましょうか、勇者さん」
「走りますか」
「そうしましょうか」
「ちなみに、今日の夕飯ですけど」
「いま言いますか。はい、何が食べたいですか?」
「塩ラーメンと塩レモン、鶏もも肉の塩麴焼きで」
お読みいただきありがとうございました。
天目は「ホラーチックにしたかった」などと供述しており――。
余談ですが、行方不明云々の話は完全にテキトーに作りました。似たような話があったら申し訳ありません。
勇者「今日は塩パーティーですよ」
魔王「塩分過多は体に悪いです!」
勇者「ああもう、今度から鞄に塩常備してやる」
魔王「そうしてください~」