173.会話 小人の話
本日もこんばんは。
今日は元気な小さいLadyな勇者さんが見られるかもしれません。
「多くのものは人間の大きさに合わせて作られています。このドーナツもケーキも、人間にとってはぺろりと食べることができる大きさです」
「魔族にとってもちょうどいいですよ」
「もっと食べたいと思いませんか」
「数を増やせばいいのでは? ドーナツならまだこんなに――」
「魔王さんのお財布を心配してのことです。お金には限りがあります。食べたいから買う、ではいつか終わりがくるでしょう」
「ぼくの貯金は心配しなくていいですよ」
「大量に買ってしまえば、欲しかったひとが買えない可能性もあります。食べ物の幸せは多くのひとと共有しなくてはいけません」
「勇者みたいなこと言いますね。勇者なんですけど」
「数はそのまま、でもたくさん食べたい。私は考えました。ドーナツが小さいからすぐ食べ終わってしまうのなら、私が小さくなればいい。そう、小人になれば……」
「ドーナツを大きくするんじゃないんですね」
「材料費がかさむでしょう」
「現実的なことをおっしゃる。ですが、小人になる方が理想的では?」
「魔法とかあるかなって。ライトの光を当てると小さくなると聞きましたよ」
「それは違うやつですね。この世界にはない道具ですが、魔法でしたらありますよ」
「試しにやってみてください。サイズはドーナツに寄りかかれるくらいで」
「なんの躊躇いもなく言わないでください。大きさを変える魔法は危ないんですよ。小さい状態では、ありとあらゆるものが命を脅かす要因になりえるのですから」
「ドーナツ食べるだけですから」
「た、たしかにドーナツにかじりつくミニ勇者さんはそれはもうお可愛いでしょうしぜひ見たいですしあわよくばぼくの手のひらに乗っけて眺めたいと思いますけど万が一ということもありますし写真一枚くらいならいいかないやでも危険はなるべく回避させないといけないあああちょっとでいいからミニ勇者さん見たいけどだめですぅぅ‼」
「ほとんど何言っているかわかりませんでした」
「ミニ勇者さん……いえ、小人勇者さんがかわいいことは百も承知ですが」
「そんな話してました?」
「人間サイズの世界に小人サイズでいることの危険性はとても高いのですよ。待ち針が武器になる世界といえば伝わるでしょうか?」
「マチバリってなんですか。魚?」
「武器になる魚といえばカジキとか――じゃなくて、お裁縫の道具ですよ。数センチの針のことです」
「普通の人間でも刺さったら痛いと思いますけど」
「そ、そうですけどぉ……。あっ、で、ではこうしましょう。テーブルの高さでも致命傷になるとか、地面にいたら気づかれずに踏まれてしまうとか。ね、危険でしょう?」
「だから、ドーナツ食べるだけですってば」
「ドーナツ食べている時に風が吹いてすってんころりんしたらどうするんですか。テーブルを滑って床に落ちたりフォークに刺さったりドーナツを喉につまらせたりコップの中に落ちて溺れたり勇者さんのかわいさに目が眩んだアブナイ人に捕まって瓶に閉じ込められたり。危険が! いっぱい!」
「小さくなってドーナツをお腹いっぱい食べてみたいだけなんですけどね。どうせ魔王さんがこれでもかと監視――じゃない、見守るでしょうに」
「そうですけど。けど! 虫が襲ってきたらどうするんですか。小人な勇者さんにとって、虫は巨大な捕食者。トラウマ一直線ですよ」
「室内ですよ」
「室内に出る虫もいるでしょうよ! ミニ勇者さんのかわいさを味わうために勇者さんの危険が高まる魔法など使えません。ドーナツならいっぱいありますからぁ……」
「今回はドーナツよりも小人になる方が重要なんですけどね。やけにミニサイズを恐れているようですが、なにか理由でもあるんですか?」
「人間世界で小人が生きる難しさや危険を描いた映画を観まして……恐ろしい……」
「私も観てましたけど、どちらかというと人間と小人の共存の話じゃありませんでした? そんな恐ろしいもんじゃなかった気がします。ビッグ角砂糖うらやましい」
「あの映画を観てから決めたんです。巨人にするならまだしも、小人だけは絶対にしないと。小人、危険すぎます!」
「巨人は嫌です。食べ物が小さくなる」
「あううう~でもなぁぁミニ勇者さん絶対かわいいそれはもうほんとうにかわいい死んじゃうくらいにかわいいんだろうなぁと思ってあうううう~……」
「ブレッブレですね。試しに数秒小さくしてみるのはどうですか。すぐ戻せば問題ないでしょう。場所も固定で、大きさだけ変えるんです」
「……数秒。数秒なら……ちょっとだけ……。いいでしょうっ!」
「元気だな。場所は……一番見渡しがきくテーブルの上にしましょう。ちょっと行儀が悪いですが、腰かけるので魔法をかけてください。よっと」
「ミニ勇者さん……ミニ勇者さん……ミニ勇者さん……!」
「それ、呪文ですか? チェンジで」
「うぐっ……。ええと、とりあえずえーいっ!」
「おお~。魔王さん、大成功ですよー。わーいドーナツが大きい」
「う、動かないでください!」
「声でかっ。うるさいでーす」
「あっ、す、すみません……。小人ですから、小声で話しかけなくては……。あの、数秒経ちましたよ。もう戻して――」
「…も……とー」
「なんですか? すみません、少し大きめでお話してください」
「もうちょっとー」
「そんなぁ……。あっ、テーブルの上を走らないでください転んだらどうするんですか……! ドーナツ食べるんじゃないんですか~……」
「魔王さんの手のバリケードが邪魔……。そぉい」
「ひぇぇぇぇぇぇ‼ 勇者さんがぼくの手に! 夢⁉」
「現実です。よっこらしょ」
「あ、危ない危ない危ない危ない慎重に慎重に慎重に慎重にそーっとそーっと……!」
「おもしろいですねぇ。小さくなるだけで眺めがこんなにも違うなんて。ドーナツは欠片ですら巨大になります。千切ってきてよかった。いただきます」
「こ、ここで食べるんですか……?」
「だって、魔王さんがうるさいんですもん。ここなら文句ないでしょう?」
「そそそそそそれはだってぇ……」
「ドーナツおいしい」
「……ミニ勇者さんがぼくの手のひらの上に……はわぁ……あまりにかわ……」
「あのー、地面が揺れていて落ち着かないんですけど」
「すみません感激のあまり震えが止まらなくて……!」
「雨が降ってきた。室内なのに」
「すみません驚愕のかわいさに涙が止まらなくて……!」
「せわしないひとだな……」
「写真も動画も撮りたいけど動けませんんん……! 魔王、幸せとピンチでどうにかなりそうです……!」
「落ち着け落ち着け。揺れて危ないです。ちょっと静まれ――うわぁ……危ないなぁ」
「すみませんと同時に勇者さんがぼくの指に抱きついていることに動揺と衝撃と歓喜が止まりません。ぼくはどうすればいいんですか」
「静まればいいと思いますよ」
「抱きしめたい!」
「やめろ潰れる!」
「……そうですよ、ミニ勇者さんは果てしなくかわいいですが、やっぱり通常の大きさじゃないとハグもできませんし旅をするにも大変です。……たまーにミニサイズになっていただけたらうれしいですけど」
「心の声駄々もれですね。……魔王さんも小人になれば解決するような気がしますが、めんどうなので黙っておきましょう」
お読みいただきありがとうございました。
勇者さんの大きさは某借りぐらしの女の子を想像していただければオッケーです。
勇者「スポンジケーキの上で寝てみたいです」
魔王「そんなかわいいことが許されるとでも?」
勇者「なんで半ギレなんですか」
魔王「感情の制御が追い付かなくって……」