172.会話 冬至の話
本日もこんばんは。
今日は冬至ということで、ゆず湯に浸かりながらお読みください。
「あ、勇者さん。これからお風呂ですか?」
「一緒には入りませんよ」
「や、やだなぁ。そういうつもりで訊いたんじゃありませんよう。これ、持っていってくださいな」
「なんですか? レモン?」
「ゆずです。水洗いしたものと、半分に切ってネットに入れたものを、それぞれ」
「なにゆえ」
「出てきてからお話しますよ。では、ごゆっくり」
「それからしばらく。お風呂あがりました」
「セルフ時間経過ありがとうございます。どうでした、ゆず風呂?」
「かなり好きです。いい香りが漂って、なんとなく体もぽかぽかしている気がします。いつもより長風呂にしてしまいました」
「それはよかったです。こちらにかぼちゃ料理や豚肉料理もご用意してあるので、たくさん食べてくださいね。そう、冬至です!」
「なんでですかって訊こうとしたら、食い気味に答えを言ってきましたね」
「冬至である今日は、一年のうちで最も昼が短い日なんですよ。別の言い方をすれば、最も夜が長い日となります」
「魔族や魔物がうじゃうじゃしていそうですね」
「魔なるものたちの間ではお祭りみたいな日ですからね。外に出ない方がいいですよ」
「お風呂入ったあとに外出したくないです」
「では、宿の中でのんびりしましょう~」
「のんびりするのには賛成ですが、少しずつ近づいてこないでください。なんですかなんですか、くっつくなやめろ」
「ほのかなゆずの香りがしたのでつい」
「絶対ついじゃない。まさか、これが目的じゃないでしょうね。斬りますよ」
「やめてください! せっかくのゆずの香りが鉄分臭でかき消されるじゃないですか」
「叫びながら離れていくの、愉快ですね。それで、近侍がなんですって?」
「誰を侍らせるおつもりですか。冬至ですよ。ゆず湯に入ると、肌荒れ防止効果があるとか、風邪を引かないだとか、いろんな言い伝えがあるんですよ」
「効果はさておき、なにもないお風呂よりはテンション上がりましたね」
「喜んでいただけてなによりです」
「ゆずを水底に沈め、苦しめることで果汁を出す遊びもしました」
「独特なゆず湯の楽しみ方ですね」
「真っ二つにされたゆずも握りつぶして粉々にしました」
「ストレスたまってます?」
「より香りが引き立って、いい時間を過ごせましたよ。また入りたい」
「あと一回分くらいありますよ。あ、かぼちゃ料理はどうですか?」
「おいしいです。かぼちゃはお風呂に沈めなくていいんですか?」
「かぼちゃをお風呂に持っていくひとは、そういないと思いますよ」
「あったらあったで、脳が混乱して楽しいと思いますよ」
「落ち着いてお風呂を楽しんでほしいです。夜が最も長い日ですし、のんびりゆったりするのがいいですよ」
「……魔の気配が強いですね。宿が町はずれにあるせいか、近寄ってきているものもいるようですし」
「ぼくが目を光らせていますよ。お宿の方々に危険があってもいけませんしね」
「私、今日はもう閉店なのでトラブルを起こさなければそれで結構です」
「いつも閉店しているような」
「やかましいです。開店時間が短くて不定期なだけです」
「ガラガラ~ってことで、今のうちにシャッターを下ろしてきちゃいますね。ぼくがやってくるので、勇者さんはのんびりしていてくださいね」
「はい。……ていうか、シャッターを下ろすのは宿の人の仕事ですけどね。どう考えても私の使命なのに、なるべく遠ざけようとするのは過保護というか、なんというか……。おお~、さすが魔王さん。魔の気配がぴたっと消えましたね。あっちいけーとか言ったんでしょうか。そんな穏やかじゃないか」
「ただいまです。すみません、シャッターに虫が張り付いていて、ちょっと時間がかかっちゃいました。さみしかったですか?」
「それは魔王さんの方では? なーんて、冗談ですけど」
「よくわかりましたね! いやぁ、ぼく、虫苦手というか嫌いというか、大嫌いなんですけどね、シャッターにうじゃうじゃいまして。滅する――じゃなくて、あっちいけーってやるのが大変でしたよ。おかげで気分が下がりました。ってことで」
「ゆず湯ですか。いってらっしゃい」
「ゆ、勇者さんにくっつきた――」
「身を清めろ。邪気を祓え」
「こんなに聖なる見た目をしているのに」
「中身は邪気だらけでしょうよ。ほら、はやくしないとお湯が冷めますよ」
「あう~……。あ、先ほど気がついたんですけど、今日は星がきれいですよ。あとで見に行きませんか? もちろん、玄関先でちょっとだけ」
「まだ虫がいるかもしれませんよ」
「だいじょうぶです。いざという時は、ゆず汁を目に吹きかけますから」
「聖水かなにかだと思ってます?」
お読みいただきありがとうございました。
ゆず風呂が気に入った勇者さん。
魔王「これはゆず、これはレモン、これは砂糖水、これは聖水です」
勇者「自由研究でもやるんですか」
魔王「最もよく効いたのはレモンでした」
勇者「聖水じゃないんですね」
魔王「どうやらニセモノだったようです。詐欺ですね」