167.会話 彼岸花の話
本日もこんばんは。
なにかと話題になる彼岸花さんの出番です。
「……びっくりした。花畑……って感じはあんまりしませんけど、これ、花ですよね」
「はい。彼岸花と呼ばれるお花ですよ。すごいですねぇ、この辺り一帯、彼岸花の群生地になっているようです。今が見頃のようですね」
「真っ赤……。これは人が寄り付かなさそうな場所ですね」
「ぼくたちだけでのんびりできるってことですよ。せっかくですし、ゆっくり歩きながら観賞していきましょうか」
「彼岸花……ですか。なんだか、不思議な花びらをしていますね」
「きれいですよねぇ。この儚げな雰囲気も、妖艶な赤みも、静かで強い存在感も、ぼくは好きですよ」
「赤色の花はふつうにありますけど、彼岸花の赤はちょっと違う感じがします。それこそ、魔なるものたちの目の色にそっくり――」
「勇者さん?」
「ああ、いえ、不気味な感じもするのにきれいだとも思って、変な気分です」
「自分の感情に素直になるのはよいことですよ。あっ、折れた彼岸花があります。見てください、勇者さん。じゃーん、彼岸花の髪飾りです」
「……白い髪に赤い花ですか。年末ですか?」
「そこは素直に『きれいですね』って言えばいいんですよう」
「その位置より、こっちの方がもっと――」
「わわっ! だ、だめです。触っちゃいけません!」
「なぜです?」
「彼岸花には毒があるんですよ。花にも茎にも。最も危ないのは球根の部分です」
「触るだけでもだめなんですか?」
「食べたり口に入れたりしなければ問題ありませんが、念には念を、です」
「……こんなにきれいな花なのに、危険が潜んでいるんですね。だいじょうぶですよ。危ないとわかっているものにわざわざ近づいたりしませんから。でも、しゃがんで見るくらいはいいでしょう?」
「…………」
「魔王さん? どうしたんですか、固まって」
「へっ⁉ い、いえ、ナンデモ!」
「何かあるひとの言い方ですよ。なんですか? 言いやがれください」
「え、ええっと……。気を悪くしないでほしいのですが……」
「珍しい文言の前置きですね。安心してください、気を悪くしたら斬るだけです」
「えええん……。あ、あの、勇者さんと彼岸花、よく似合うなぁ……と……思って……」
「…………」
「な、何か言ってください~……。あの、勇者さーん……?」
「ああ、ぼーっとしてました。彼岸花と似合うですか。そうですか」
「あの、どういう感情ですか、そのお顔……。怒ってます……?」
「いえいえ。うれしいですよ。ていうか、なぜ私が気を悪くするかと思ったのか不思議です。怒るところないじゃないですか」
「そ、それならいいのですけど。そうだ、勇者さん。彼岸花には異名がたくさんあるって、ご存じでした? 曼珠沙華とか、幽霊花とか、毒花、狐花、火事花などなど」
「おどろおどろしい名前が多いですね。毒があるから悪いイメージが強いのでしょうか」
「一説には、千以上の名前があるそうですよ。自分の名前を覚えるだけで一苦労ですね」
「名前のない私たちとは正反対ですね。ひとつくらいもらっても問題なさそうです」
「勇者さんにはひとつありますけどね。……おや? おやや? 勇者さん、白い彼岸花がありますよー!」
「ほんとだ。白色もあるんですね。白くなった途端、イメージが変わります」
「赤色と混ざりあって咲いています。これぞ紅白。うつくしい光景ですねぇ」
「他の色もあるんですか? 私、青い彼岸花が見たいです」
「黄色や桃色、朱色はありますが、青色は……」
「魔王さんが見たことないなら、きっとないのでしょうね」
「……いえ、わかりませんよ? ぼくだって、世界の隅々まで見尽くしたわけではありません。勇者さんと旅をする中で、知らない場所に行ったことの方が多いのです。つまり、この世界にはまだまだ知らないことがたくさんあるということ。それなら、青い彼岸花だってあるかもしれない。そう思いませんか?」
「あるかもわからないものを探すのは大変ですよ」
「あったらラッキーくらいでどうでしょうか? このくらい気楽でいた方が、物事はうまくいくかもしれませんよ」
「そうですね。ところで、彼岸花っておいしいんでしょうか」
「話の変わり方がえげつないですね。毒があるという話、もう忘れちゃったんですか?」
「覚えていますよ。だからこうして、花を避けて歩いているではありませんか」
「そう……ですけど……。食べたらそれこそ、彼岸に行ってしまうことになりますから」
「彼岸花って、てんぷらにしたらおいしそうな見た目していません?」
「ちょっとわかる。ちょっとわかりますけど、ぜーったいだめですからね!」
「そんなに言わなくてもだいじょうぶですよ。半分冗談で言っていますから」
「半分は本気ってことですよね?」
「ほら、のんびりしていると日が暮れますよ。さっさと歩く」
「ま、待ってくださいよう。……とってもお似合いですけど、彼岸花に紛れて向こうに行ってしまいそうです。連れて行っちゃだめですよ? って、お花に言っても意味ありませんね。ぼくがそばにいないと――って、あれ⁉ 勇者さんどこー⁉ ほんとにどこ⁉」
お読みいただきありがとうございました。
こつぜんと姿を消した勇者さんは、彼岸花に隠れて魔王さんをおどかそうとしていたようです。
勇者「ここですよ~」
魔王「びっくりさせないでくださいよう! 連れていかれちゃったかと……!」
勇者「誰もいませんけど?」
魔王「そ、そうじゃなくて~……」