166.会話 枝の話
本日もこんばんは。
ちょどいい枝を見つけたら、つい拾ってしまう人のためのSSです。
「思考する生き物というものは、なんかちょうどいい枝を見つけるとつい手にしたくなる呪いにかかっているのです」
「ぼくは思いませんけど……」
「では、魔王さんは思考していないということです。思考の放棄です」
「いつもの勇者さんじゃないんですから。その手の枝、今しがた道で拾ったものですよね。なにに使うんですか?」
「わからないんですか? これだから魔王は……」
「魔王関係あります? よろしければご教授いただけますか」
「仕方ありませんねぇ。ただ歳を重ねるだけのロリババアに、この私、勇者が伝説の枝について教えて差し上げます」
「伝説の枝」
「枝には秘められた力があるのです。ご覧ください。この滑らかなフォルム、完璧な長さ、少し湾曲した一部、研ぎ澄まされた先端。どうですか?」
「どうですかと訊かれても、ただの枝ですねとしか」
「枝の魅力に気づかない目玉など、その顔にはまっている意味ありますか?」
「過激派ですね。枝の先端で刺そうとしないでください。危ないですよ」
「呪文を唱えれば魔法が発動し、素早く振りかざせば剣術となり、地面に突き立てば杖として機能し、天高く掲げれば目印になります。どんなことにもこれ一本」
「あれ、お昼のショッピング番組かなにかでした?」
「二本になれば箸にもなります」
「せめて水洗いしてください」
「三本になれば折れにくいです。こんなふうに。バキィ……」
「折れちゃいましたね。勇者さんの力なら、細い枝の三本など簡単でしょう」
「私は折れにくいと言っただけで、折れないとは言っていません」
「その通りですから、そっぽ向かないでくださいよ。再チャレしますか?」
「……ここに三本の枝があります」
「ずいぶん太い枝を拾ってきましたね」
「三本重ねれば、このように折れにく――ぐっ……ぬぬぬぬ……ちっ」
「折れないならいいのでは? そういう話でしたよね」
「折れないのは折れないで腹立ってきました。こいつらは今日の焚き火で火炙りの刑に処します。私の暖となれ」
「今まであえてツッコみませんでしたけど、三本のなんたらって、矢ですよね」
「ツッコまれずとも知っています。矢も枝も同じことです。元は木ですから」
「たしかにそうですね――って、どこ行くんですか?」
「枝に秘められた力を証明しようかと思いまして。ちょうどいい雑魚を探しに行くんです。さっきのより素晴らしく完璧な枝もゲットしましたし」
「勇者さんが自ら魔物を倒しに行くと⁉ え、枝……。なんと凄まじい力!」
「いや、私まだ何もしていませんけど……」
「魔物を倒しに行こうとしているではありませんか。これが枝に秘められた力……。魔王として生きてきて、これほどまでに強大な力を持った武器があることを知りませんでした。ああ……なんたる失態……。そして勇者さん、やはりきみは勇者ですね。こうも容易く伝説の枝をひょいひょいと!」
「だから、まだ何もしてない」
「ぼくも欲しいです、伝説の枝!」
「その辺の枝でも拾えばいいですよ。ていうか、魔王さんの言う強大な力って、対象者が私だけじゃないですか。脳みそ働かせてモノ言ってください」
「どっからどう見てもただの枝なので、勇者さんにしかわからない力でもあるのかと思いまして。やっぱりただの枝なんですか?」
「はあ……。いいですか、魔王さん。ただの枝か、なにかすごい枝か、それを決めるのは枝ではなく私たちです」
「な、なるほど?」
「例えば、はい、魔王さん。この枝プレゼントします」
「え? あ、どうも。どう見てもただの枝ですが、勇者さんからいただいたってだけですてきな枝に見えてきました~。ちちんぷいぷい~。なんちゃって」
「そういうことです」
「どういうことです? すみません、どういうことです?」
「今、その枝はただの枝から『勇者からもらった枝』になりました。そう決めたのは魔王さんです」
「な、なるほど!」
「まあ、呪文を唱えて枝――もとい杖を振るだけで魔法が使えるなら、世の中はもっと簡単なものだったでしょうね」
「はい? ごめんなさい、枝を振るのに夢中になっていて」
「いえ。さて、私はもっと伝説の枝を拾うとしますよ」
「そんなに伝説の枝を集めてどうするおつもりですか?」
「そりゃあ、ロマンを忘れないためですよ。いつしか、知らぬ間にどこかに置いたまま消え去ってしまうような初心を、枝はいつでも思い出させてくれるのです」
「勇者さんはいつでも初心を忘れていないと思いますよ。全然、勇者のお仕事をしていないじゃありま――」
「うるせえんですよ。魔王さんも、さっさと枝を拾ってください」
「ぼくは枝に対して特にロマンを抱いていませんが……」
「なに言ってんですか。ロマンだけで生きていけると思わないでください」
「ええ? じゃあ、その大量の枝は一体……」
「決まってんでしょう。今日の焚き火用ですよ」
「伝説の枝……あっけない……」
お読みいただきありがとうございました。
この日の焚き火は長時間続いたそうです。
勇者「なんで枝ってつい拾っちゃうんでしょうか」
魔王「ご自分に訊いていただくしか……」
勇者「すべての枝の始祖が伝説的な力を持っていたとしか考えられません」
魔王「どこかに大きな木でもあるのかもしれませんねぇ」