16.会話 殺人事件の話
本日もこんばんは。
平和な殺人事件の話です。
「なんだか騒がしいですね。なにかあったんでしょうか?」
「野次馬が『殺人事件』と言っていましたよ」
「――っ⁉」
「なんですか、私を見て」
「自首しましょう、勇者さん! ぼくも一緒に行ってあげますから!」
「なんの話ですか」
「差し入れ持っていきますから!」
「ひれステーキ十人前でお願いします。って、そうじゃなくて」
「逃げれば罪が重くなりますよ!」
「誤解ですよ。私は何もしていません」
「え……? 勇者さんじゃないんですか?」
「殺人事件が起きた場所にいま来たんですよ。それに、うざったいくらい魔王さんが一緒にいて、私がひとりになった時なんかなかったじゃないですか」
「それもそうでした。うざったいは余計ですけど」
「昨日今日知り合った仲でもないのに、信頼がありませんね」
「それに関しては日を追うごとに減っていっています」
「人を守り、助ける勇者が殺人など……。世界がひっくり返ってもありえませんよ」
「世界がひっくり返る方がまだありえると思います」
「殺人と聞いただけで私を疑うなんて、悲しいですよ」
「すみません。ついに殺ってしまったのかと……」
「ついにってなんですか、ついにって」
「人間なんてゴミクズ以下、塵の方がまだ使い道があるとおっしゃるので……」
「私の名誉のために言いますけど、その発言はしたことないですね」
「でも、似たようなことは思っていますよね」
「そうですね。人間はクソです」
「そういうわけで、積もり積もった鬱憤が爆発したのかと思いまして」
「思っていたとしても、実行に移すか否かは別問題ですよ」
「すごく真っ当な発言ですね」
「だってめんどうじゃないですか。剣を持つのも疲れますし」
「欲求と行動の抑制の話かと思ったんですけど」
「行動は抑制されているので、あながち間違いじゃないです」
「勇者さんの場合、めんどうか否かですべてが決まっていそうですね」
「その通りです。正直、息をするのもめんどうな時があります」
「死にますよね、それ」
「存在するのもめんどうな略」
「あ、セリフを端折った」
「略」
「もはや何が言いたいのかわからないです。せめて存在はしてください。人は時に表情で語ると言いますし」
「この表情筋に何を求めているんです」
「死人じゃないんですから、動かしてください」
「やれやれ……。ん?」
「どうしました?」
「向こうから爆速で走ってくる人が。手にはナイフがあります」
「今すぐパイが食べたい人でしょうか? よほどお腹がすいているんでしょうね」
「私もお腹すきました。いえ、そうじゃないみたいですよ。周囲の人が『逃げろ、殺人犯だ』と叫んでいます」
「えっ! 勇者さんじゃなかったんですね」
「私の言葉を信じていなかったんですね。これで疑いが晴れたでしょう。土下座して謝ってください」
「土下座はしませんが、疑ってすみませんでした」
「五パーセントほど許しましょう」
「ところで、あれ、どうします?」
「殺っていいですか?」
「だめですよ。罪人にも人権があります。捕まえて罪を償わせましょう」
「ちっ。これだから人間の世の法律は……」
「悪人を取り締まり、善人を助ける。これも勇者さんのお仕事ですね」
「はあ。…………あ」
「どうしました?」
「お腹が減って力が出ません……」
「そんな! 元気百倍の彼を呼ぶにはもう時間がありません!」
「無理がすぎる……」
「勇者さぁぁぁぁぁん‼ 死んじゃいやですぅぅぅぅぅ‼」
「ええい! 耳元で叫ぶな! うるせえんですよ‼」
「うわぁ! 突然蹴り上げないでくださいよ!」
「どうせ当たらないくせに――、ん? 手ごたえが」
「勇者さん、横」
「あ、犯人」
「生きてます、それ?」
「えっへへ。逃げますよ、魔王さん」
お読みいただきありがとうございました。
犯人は村人に捕まり、ちゃんと手当てされました。
魔王「勇者さん、いつか素で人を殺めそうですよね……」
勇者「それはそれで」
魔王「よくない! というか、さっきの蹴りの威力やばすぎでは……?」
勇者「対魔王さん用ですから。殺意――愛情いっぱいですよ」
魔王「隠す気ありませんよね?」