156.会話 クレープの話
本日もこんばんは。
また食べ物の話ですね。すみません、勇者さんが口を開くとこうなってしまいます。
「ペースを落とすことなく三つ目のクレープを食べ始めたと思ったら、突然動きを止めるのやめてください。毒でも入っていたんじゃないかと、びっくりするじゃないですか。どうしました? お口の端にクリームが付いたままですよ」
「ふと思いまして」
「ふとレベルが高いですね。せめて『あっ』とか言ってください」
「クレープのメニューを見た時に、どう見ても甘くないものを挟んでいるものがあって」
「いわゆる『おかず系クレープ』ですね。それがどうかしましたか?」
「クレープって生クリームとかチョコとかせいぜい果物とか、甘いものをこれでもかと詰め込んだハッピーセットだと思っていたんです」
「一般的なクレープのイメージですね。ぼくもチョコ増し増しにしちゃいました」
「クレープにソーセージとかレタスとかハムとか挟んでしまったら、それは果たしてクレープといえるのでしょうか」
「え? あー、人によるんじゃないでしょうか……? そういえば、聞いたことがありますよ。おかず系クレープは認めない派が存在すると」
「正直、おいしければなんでもいいと思いますけどね。でも、激甘カロリー爆弾のイメージが強いクレープを食べずに、一見するとツイスターか? ってものを食べるのは、何かが違うような……。まあ、どうでもいいんですけど」
「どうでもいいけど言いたくなってしまうこと、ありますよね」
「ツナマヨを追加するなら生クリームを追加したいですし、ドレッシングをかけるならチョコソースをかけたいです」
「甘々ですねぇ。クレープは食べたいけど、甘すぎるから甘くないトッピングのものを選ぶのかもしれませんね」
「そんなに甘くない甘いものを食べればいいのでは」
「クレープという点が重要なのではないでしょうか? そうですねぇ、例えば、お肉に見た目や味を寄せたソイミートとか? 代替肉ってやつです。実質で言えばお肉ではなくても、求めているのはお肉としての役割だからセーフみたいな……。あれれ? よくわからなくなってきましたぁ~……」
「おかず系クレープをフォローしようとしたのは理解できましたよ」
「それならよかったです」
「最初、おかず系クレープは激甘系クレープに対する侮辱かと思ったんですけど」
「クレープ同士の熾烈な争いが……?」
「固定観念から抜け出し、新たな可能性を発掘する、いわば自分の存在価値を模索する先駆者なのかもしれませんね」
「……すみません。クレープの甘さで理解力が麻痺したようでして」
「頭が働かない時は糖分ですよ」
「これでもかと摂取しているさなかなんですけどね」
「物事を考える際は別の視点を持つことも大事です。クレープの中身はとりあえず甘くておいしいものを詰め込んだものですよね。つまり、おかず系クレープも同じなのではないでしょうか」
「おいしいおかず系の食べ物を詰めたらおいしいはず、と?」
「いかにもばか丸出しの思考ですよね」
「こら、お口が悪いですよ?」
「おいしいものの前では、人はばかになるんですよ」
「というと?」
「焼きたてのステーキをトッピングしてみたいです」
「さては、しょっぱいものが食べたくなってきましたね? そりゃあ、限界までトッピングしたクレープを三つも食べていたら、別のものが食べたくなりますよね」
「あっ、わかりましたよ、魔王さん。すべてを理解しました」
「急ですね。なにを理解したのですか?」
「おかず系クレープは、甘々クレープの間に食べるものなのです。甘い、しょっぱい、甘い、しょっぱいの永久機関のためにおかず系クレープは必要不可欠。ふっ……、こんな簡単なことに気付かなかったなんて、私もまだまだです。精進しなくては」
「言おうか迷いましたが一応言いますね。普通はクレープひとつ食べたらじゅうぶんなんですよ」
「普通とは個々人の偏見が集合したものに過ぎません。魔王ならば普通を破壊するものですよ」
「ご存じないかもしれませんが、勇者さんは勇者なんですよ」
「残念ながらご存じでした。カロリー爆弾を三つ食べたので眠くなってきましたよ」
「糖分過多で体が悲鳴をあげているのかもしれませんね。今度から二つまでです」
「おかず系クレープで中和するので問題ありません。爆弾、中和、爆弾の順です」
「爆弾解体の話でもしていた気分です。なんの話でしたっけ?」
「クレープの生地で昼寝したいって話です。寝心地良さそうじゃないですか?」
「お布団にするには少々薄いですね。ブランケット的役割くらい――って、有無を言わせぬ話の捻じ曲げですね。一瞬、気づかなかったですよ」
「寝返りをうつ度に体に巻かれていき、起きると人間クレープができる仕組みです」
「それはちょっと楽しそうです」
「そのまま紐できつく縛り、床を転がしながら軒先に立てかけます」
「粗大ごみ回収の流れじゃないですか」
「これが伝説のクレープの成り立ちです」
「息をするように嘘物語が出てくるきみには舌を巻きますよ」
お読みいただきありがとうございました。
クレープ生地はブランケットというより、敷布にするのがちょうどいいかもしれません。
勇者「クレープって、見ているだけで幸せな気持ちになります」
魔王「幸せが詰まっている見た目をしていますよね」
勇者「ずっと飾っていたい……」
魔王「食べ物ですから、食べてくださいね?」