15.会話 犬派猫派の話
本日もこんばんは。
犬派猫派の話です。終わらぬ争いの話。
「魔王さんは犬派ですか、猫派ですか?」
「ぼくは猫派ですね。勇者さんは?」
「私は犬派です」
「理由を訊いても?」
「なんといっても飼い主に忠実で従順なところが最高です。どんなにゲス外道でも、一度飼い主だと刷り込んでしまえば生涯尽くし、火の中水の中共にいてくれる安心感がたまりません」
「勇者さんに飼われる犬は前世でどんな悪行をしたんでしょうね」
「失礼ですね。手からこぼれた愛くらいはあげますよ」
「勇者さんに『愛』という言葉があることに驚きです」
「私の辞書の一ページ目は『博愛』という言葉から始まっていますよ」
「は行スタートとは珍しい辞書もあるものですね」
「次に『愛』が続きます」
「『博』を取ればよかったんじゃないですかね」
「そんな愛の精神に満ち溢れた私ですが、実際に飼うなら猫一択です」
「おや、なぜです」
「大変じゃないですか、散歩」
「怠惰な勇者さんらしい意見ですね」
「毎日散歩するなんて、私の精神が破壊されてしまいます」
「貧弱な愛ですね」
「散歩をしなければ犬もかわいそうですし、毎日歩かされる私もかわいそうです」
「愛があればできますよ」
「こぼし続けて無くなったようです」
「その指のスキマはなんですか?」
「指の運動です。ちなみに魔王さんは猫のどういうところが好きなんですか?」
「なにをしても愛おしい存在と、ツンデレな性格ですね」
「ふうん」
「訊いておいて一切の興味がなさそうですね」
「頭を傾けておくので喋っていてください」
「傾けるのは耳で構いませんよ。猫のツンデレ具合は絶妙なんです。構ってくれないと思ったら、ちょっとだけこちらを窺っていたり、ふとそばに寄り添っていたり。ちょっとした瞬間にきゅんとするんですよ」
「…………」
「あ、耳すら傾けていないじゃないですか。聞いてます? ぼくの話」
「十六分の一くらい聞いていました」
「せめて半分がんばってくださいよ」
「でも、意外でした。魔王さんは犬の散歩をしているイメージだったので」
「もちろんワンちゃんも好きですよ。ぼく、動物好きなんです」
「魔族は動物枠ですか?」
「あれはノーカンです」
「まあ、犬も猫もかわいいとは思いますが、飼おうとは思いませんね」
「旅をしているのでワンちゃんならワンチャン飼えますよ」
「……そうですけど。命ある存在には気を遣うので疲れるんです」
「では、勇者さんはいつも疲れているんですか」
「魔王さんには気を遣っていないので安心してください」
「それならよかったです。……ん? ぼく、命ない存在だと思われているんですか?」
「食事やトイレ、病気などにも気をつけなくてはいけませんし」
「ちょっと?」
「生活が犬を中心にまわるのは耐え難いといいますか」
「あのー?」
「ただでさえめんどうな人がいるのにこれ以上増えてもって感じです」
「めんどうな人ってぼくのことですか?」
「周りを見てください」
「誰もいませんけど」
「じゃあ、あなたということですね」
「ぼくじゃないですか。やだー! ひどいです、勇者さん」
「わかりました。では次の休憩場所に魔王さんを置いて行きますね」
「わあん! 一緒に行きますよ。置いてっちゃいやです!」
「勝手にしてください」
「ぐすん。やっぱりぼく、飼うなら猫がいいです」
「肩に乗っけるんですか? 鳴き声はピカ―――」
「いけません! 消されますよ。それに、猫じゃなくてネズミです、それ」
「ハハッ!」
「しっ‼」
「いやあ、すみません、つい」
「ぼくは動悸が止まりませんよ。冷や汗も出てきました」
「生きている証拠ですね。健康の証です」
「はあ……。ぼく、魔王なのに勇者さんに振り回されてばかりいる気がします」
「個人的には物理的に振り回してみたいですけどね」
「魔王投げ選手権でもやるんですか」
「着弾地点に大剣を用意しておきます」
「年齢制限かかるからやめてください」
「猫が好きな魔王さん用に猫じゃらしも用意してありますよ」
「血にまみれた猫じゃらしでどう遊べと」
「ぶんぶんやるたびに血しぶきが」
「うわああああやめてください」
「魔王のくせに弱っちいですね。与えられたおもちゃで元気にはしゃぐ犬を見習ってください」
「ぼくは猫派なんですってば。付かず離れず、でも一緒にいたいんです」
「あんまり欲がないんですね」
「猫に求めるのは、そこにいることですから」
「私についてくるのをやめて、猫と暮らせばハッピーじゃないですか」
「いやですよう。ぼくはこの旅も好きなんですから」
「やれやれ。でも、もふもふ枠はほしいですよね」
「ぼくたちを差し置いて人気になるタイプじゃないですか」
「もふもふに勝てると思うことがおこがましいんですよ」
「反論できない」
「大型犬がいいですね」
「お腹を借りてお昼寝できますね」
「いざとなれば非常食にもなります」
「それが本音ですね」
「飼い主にすべてを捧げる下僕がほしいです」
「勇者さんと下僕。似合うのがおそろしいです」
「近年では、猫の下僕になる人も増えているのだとか」
「あの愛らしさには負けますねぇ」
「いずれ、絶対支配者である魔王さんも猫の前ではだらしない姿をするんでしょうね」
「な、なんですかその予想」
「好きな猫とかいるんですか? 色とか種類とか」
「飼うなら黒猫のメスがいいです。けど」
「けど?」
「飼う予定はありませんよ。だってぼくにはもう」
「……? なんです? 私を見て」
「なんでもないでーす。でも、もうちょっと素直になってほしい気持ちもありますね」
「だからなんですか、私を見て。あと、いま決めたんですけど、足も疲れていませんし、休憩はなしにしましょう」
「ええー!」
「休憩したいのならおひとりで。しないのならこのまま旅を続けます」
「はい! なしでだいじょうぶです!」
「なんでそんなに嬉しそうなんですか」
「いえいえ。お気になさらず」
「そうですか。では、私だけ休憩するので魔王さんは旅を続けてください」
「あれれぇ……?」
お読みいただきありがとうございました。
なんやかんやでどちらもかわいいのです(いろんな意味で)。
勇者「犬ぞりなるものがあると聞いたんですが」
魔王「そんな目で見られてもだめですからね」
勇者「仕方ありません。魔王さんが牽いてくれるものでガマンします」
魔王「そうしてくだ――はい?」




