143.会話 虫の声の話
本日もこんばんは。
動画サイトで虫の声を流しながらお読みください……と言いたいところですが、虫のドアップ画像に被弾するおそれがあるのでご注意を。かく言う天目は大量被弾済みです。
「おや、どうしました? 眠れませんか?」
「いえ、なにか音が聴こえたような気がしまして。……あ、ほら。聴こえませんか?」
「聴こえますねぇ。勇者さんにはどのように聴こえていますか?」
「どのように……。なんだろう、リーンかな? 鈴のような音です」
「それ、スズムシという虫の声なんですよ。きれいな声ですよね」
「他にも聴こえますね。ギーとか、チリリとか。へえ、これ全部虫の声なんですか」
「勇者さんは聞きなしがお上手なんですね。すてきです」
「キキナシ?」
「動物や生き物の鳴き声をヒトの言葉に当てはめて聴くことです。実際には文字に表すことができない鳴き声を、勇者さんは『リーン』と表現したでしょう?」
「強いて言うならこう聴こえたってだけですよ」
「それが聞きなしです。これ、できない人がいるんですよ。というより、『虫の声を認識できない』が正しいでしょうか」
「へえ……。結構、心地よくていいのにもったいないですね」
「お気に召しましたか?」
「ええ。よく眠れそうです。虫の大合唱ですね」
「ぼくも加わりましょうか?」
「絶対にやめてください。お断りします。断固拒否です」
「そこまで言わなくても……。旅をするぼくたちは、きっとこれから何度もこの声を聴くことになるでしょう」
「今までも聴いていたはずなんですけどね。気にしてこなかったのかな」
「季節の関係もありますけど……。あっ、わかりましたよ勇者さん! 虫の声も聴こえないくらい、ぼくたちはおしゃべりしてきたってことです」
「絶対違うと言えないところが悔しいです」
「これからも、虫の声をかき消すくらいおしゃべりしましょうね」
「これからはもう少し虫の声を聴いてみようと思います」
「ノータイム撃沈魔王……。あ、虫の声といえば、鳴き声はすてきですけど姿は見ない方がいいかもしれませんね」
「なぜですか」
「すてきな声とは裏腹に、めちゃくちゃ虫って感じの見た目ですからねぇ……。苦手なひとは苦手かもです」
「魔王さんの顔に『ぼくは苦手です』って書いてありますよ」
「なんと! じ、実はそうなんです。昔、すてきな声を魔王城でも聴こうと思い、集めさせたことがあるんです。なるべく過ごしやすいようにいろいろ整えたんですが、ふと目を離したすきに逃げ出しちゃいまして……。あっちこっち探しても見つからなくて、疲れてベッドにダイブした時のことです。上からボトッと降ってきたものが……。ぼ、ぼぼぼぼくの顔にスズムシが……。そして、顔の上で盛大に鳴き始めたのですうあわあぁぁぁぁぁあぁぁ‼ いま思い出してもぞわぞわぞわぞわむずむずむずむずああぁあぁぁぁ‼」
「魔王さんがうるさくて虫の声が聴こえません」
「あ、すみません。……というわけで、こんなふうに声だけ聴くのが一番かと」
「魔王さんのへなちょこエピソードはともかく、虫は貴重なタンパク質ですよね」
「そうですね――って、なんで窓を見ているんですか。なにがとは言わないですがだめですよ。なにがとは言わないですけど。というか言いたくないです」
「おいしいですよ」
「なにが? って、言わなくていいです言わないでください」
「香ばしいものから、クリーミーなものまで」
「や、やめてくださいぃぃぃぃぃ」
「焼きおにぎりの話ですけど」
「や、焼きおにぎり……? って、寝る前に食べないでください。ちゃんと歯磨きするんですよ。……クリーミーな焼きおにぎりってなんですか」
「これです。チーズを乗せて焼いたんです。とろーりチーズ焼きおにぎりですよ」
「うわぁぁあぁ……、なんて罪深いものを就寝前に……!」
「食べますか?」
「うぅ……悪い笑みですね。まあ、ぼくは魔王なので、悪くて当たり前なので、いただきます! ほあああぁぁぁあ~~……おいしいですぅぅ~……」
「これで共犯ですね。虫の声を聴きながら夜食を食べるのも悪くないでしょう」
「背徳感もいい味を出しています」
「魔王さんが言う言葉じゃないですね。魔王なんて道から外れてなんぼでしょうに」
「こ、この場合の背徳感は夜に高カロリーを摂取することに対して言っているのです」
「チーズ、追加しますか?」
「しまぁす‼」
「……ふと気づくと、ほんとうに虫の声が聴こえなくなりますね。届いているけど、聴こえない感じです」
「虫の声を無視しているってことですね」
「魔王さんの声も聴こえなくなりました」
「意図的な聴覚遮断。ぼくの声を聴いてくださいよう。勇者さ――んぐぅぁ!」
「どうしました? おーい? なんですか? ちー? なんて? チーズ? もっと欲しいんですか? あ、違う? じゃあなんだ。チーズで? 喉を塞がれた? えいっ」
「ぶはぁあああぁっ‼ じ、死ぬかとおも、思いま、じたぁぁあぁ……ひぅ……」
「やれやれ、虫の息ですね」
お読みいただきありがとうございました。
虫が苦手という魔王さんですが、勇者さんの危機であれば真顔で滅するタイプの虫嫌いです。
勇者「昆虫食という言葉があるように、虫は立派な食べ物ですよ」
魔王「できれば食べたくないですよう……」
勇者「食べられるけど食べたくない。魔物みたいな感じですか?」
魔王「あれは虫以下です」
勇者「笑顔で言われると脳がバグるな……」