141.会話 ハロウィンの話
本日もこんばんは。
今日はハロウィンということで、いつもより長いSSです。
エブリデイ仮装みたいなおふたりによるハロウィンの話、どうぞお楽しみください。
「じゃーん。どうですか、勇者さん。魔女っ子魔王ですよ~。似合いますか?」
「……んあ? すみません、寝てました」
「どう見ても起きてますよね。めちゃくちゃお菓子をつまんでいるじゃないですか」
「かごに盛りだくさんだったので、食べろってことかと」
「そのお菓子にも意味があるのです。つまりそう、今日は何の日でしょうか?」
「え、知らん」
「興味が一ミリも感じられない。通常運転。今日はですねぇ、ハロウィンです!」
「誰ですか?」
「人じゃないです。行事というか、イベントというか。起源の話をしても仕方ないので、お菓子をもらえるイベントだと説明しておきます」
「ははーん、だからこんなにお菓子が置いてあるんですね」
「本来なら、仮装をして家々を回り、お菓子をもらう……という流れなんですけど」
「誰がやるか」
「でしょうね。例のごとくぼくたちだけの小さな楽しみにしておきましょう。それで!」
「声量バグですか? 私でよければ声帯ぶっ壊して差し上げますよ」
「勇者さん、仮装しましょう‼」
「声帯ぶっ壊してやる」
「か、仮装に本物の剣を使うのは禁止です。危ないですからね」
「仮装って、その視覚がしっちゃかめっちゃかになる姿のことですか」
「魔女っ子ですってば~。えへへ~、かわいいでしょう?」
「魔女は間に合っています。魔王のくせに魔女というのもおかしな話ですよ。そう、このお菓子のように……もぐもぐ」
「絶好調ですね。魔女の他にもいろいろご用意いたしました。お好きなものをどうぞ」
「仮装などせずとも、私たちの格好は仮装みたいなものですよ」
「勇者さんは勇者なのに勇者っぽい見た目ですらありませんけどね」
「勇者を連呼するな。……って、なんですか、その服。にやにやして気味が悪いですよ」
「見た目だけでも勇者さんを勇者らしくするための勇者服です」
「勇者を連呼するなって。勇者服って、そんなもの存在するんですか?」
「同じ魂を有する勇者さんのようなお決まりの服はありませんが、ぼくの考える『勇者っぽい』服をご用意しましたよ」
「どの辺が勇者っぽいんですか?」
「騎士風のデザインに加え、なんとなく勇者味を感じる羽根の装飾、いにしえを思わせる古めかしく謎めいた文様をあしらっています」
「勇者っぽい……ですかね?」
「極めつけは、勇者服に付属する、この退魔の――」
「それ、違う勇者ですね。だめですよ、私みたいなのと一緒にしちゃ。失礼です」
「絶対かっこいいと思ったのになぁ~。がんばって作ったんですよ、これ」
「まさかの手作り。不器用なのに、よく作れましたね」
「ハロウィンは一年に一度のイベントですからね。一か月前から準備していました」
「結構長い……」
「おもちゃの剣も、ボタンを押すと光る仕組みなんですよ。ほら、青い光!」
「へぇ……、よくできていますね。ちなみに、他にはどんな服があるんですか」
「時間がなくて手作りできたのは勇者服と剣だけで、他のは買ってきた物なんですけど、魔女以外に吸血鬼やドラゴン、天使や魔族風、魔王などなど~」
「魔王の仮装もあるんですね。どういう感じですか?」
「人間界の仮装道具ですから、イメージに基づいたもののようです。見てください、このこわーい顔のマスク。ぼく、こんな顔じゃないのに……」
「ふふっ、まあ、イメージですからね。角のカチューシャまである。魔王さんに角は生えていないのに」
「着てみたいものはありましたか?」
「シーツ被っておばけの仮装~じゃだめですか」
「勇者さんのお顔が見えないうえに、あんまりかわいくないです」
「わがままですねぇ。仮装しなくても問題ないですし……」
「そのお菓子は第一段階です。仮装してくれたら特大のスペシャルパンプキンケーキを贈呈しますよ」
「パン……なに?」
「パンプキンです。かぼちゃのケーキ。とってもおいしそうですよ。ハロウィンといえばかぼちゃということで、パンプキンスイーツがたくさん販売されるのです」
「それは食べたい……」
「でしょう、でしょう! さあ、どの仮装にしますか?」
「魔女は私の役じゃないし、吸血鬼やドラゴンはあんまりイメージがないですね。天使は絶対いやだし、魔王は……」
「はい? なんでぼくを見るんです?」
「いえ、似合わないなぁと。……そうですねぇ、これにします」
「ぼくが作った勇者服……。き、着てくださるのですか?」
「他のやつよりマシだと思っただけです」
「うれしいです……! がんばって作ったかいがありました」
「……一か月ですもんね。魔王さんのことですし、どうせサイズもぴったりなんでしょう」
「よくおわかりで! 痛ぁっ!」
「さっそく、この退魔の……じゃなくて、マスター……でもなくて、青く光る謎の剣の出番ですね」
「剣の正しい使い方は、叩くんじゃなくて斬るんですよう。イタタ……」
「着替えるのでどっか行っていてください」
「見ていちゃだめですか?」
「この服を燃やしていいならどうぞ」
「外で待っていますね」
「当然のように着替えを見ようとする精神にはもはや尊敬しますね……。よっと、勇者が着る勇者服だなんて、おかしくて今日にぴったりですね。よし、できた。魔王さーん、いいですよー」
「いざ、拝見。おおっ! おおおおっ‼ とってもお似合いです、勇者さん! まるで勇者のようですよ」
「勇者なんですけどね。あれ、魔王さん、いつの間に着替えたんですか」
「勇者さんが勇者服を着てくださることになったので、ぼくも魔女役を降りて魔王になることにしました~。とはいえ、あのマスクを被る気にはならなかったので、その他のアイテムを活用しました」
「やっぱり黒や赤がイメージカラーなんですね。角は新鮮です。魔王っぽいですよ」
「輪っかは魔王っぽくなかったので外しました」
「ご自分で自覚はあるんですね」
「勇者さん、勇者さん、その剣を持ってポーズを取ってみてくださいな」
「ポーズ? 剣を前に突き出して、戦闘開始! ……みたいな?」
「いいです! いいです! 最高ですね! パシャパシャパシャパシャ!」
「カメラ、やっぱり用意していましたね。……あとで消そう」
「刀身が光るだけで、こんなにテンションが上がるものなのですね。勇者さんの大剣も光らせましょうよ」
「光らせようと思って光るものじゃないですけどね」
「今日の勇者さんは一段と『勇者!』って感じですよ。これなら魔族と間違えられることも減るでしょう」
「魔王さんもいつもより魔王っぽいですね」
「えへへ~。これが仮装の力です」
「でも、私にとってはいつものお姿の方が魔王さんらしいと思います。不本意ですけど」
「……実は、ぼくもそう思っていたところなんです。勇者服の勇者さんもとっても素敵ですが、今日が過ぎたらいつものきみが見たいです」
「幸か不幸か、ハロウィンは今日限り。いやでも明日になったらいつもの私に戻ります」
「そうですね。ところで勇者さん、ハロウィンにはとっておきの呪文があるのですが、ご存知ですか?」
「仮装した相手を呪い殺す禁断の呪文ですか」
「そんな物騒なイベントではありませんって……。えー、こほん。よく聞いていてくださいね。『トリックオアトリート! お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ!』です」
「は?」
「たった一音でここまで圧が……。凄まじいですね、勇者さん」
「お菓子といたずらってどういうチョイスですか」
「そういうイベントなんですよ。諦めてください」
「いたずらっていってもいろいろありますよね。どの程度まで許されるんですか」
「常識の範囲内でしたらなんでも。思いつかなければ、ぼくが提案するいたずらでもおっけーですよ」
「なんだろうな、この、いたずらしてほしいってオーラを感じるのは」
「さ、さすが勇者さん。よくおわかりで」
「魔王さんが提案するいたずらがまともなわけないので、私が考えます。無難に首を落とすのはどうでしょうか」
「無難の意味知ってます? とりあえず勇者さんも魔法の呪文を唱えてみてくださいな。ふふふふ……」
「締まりのない顔ですね。やれやれ、なんでしたっけ。デスオアダイ?」
「こわい! 命とる気満々じゃないですか!」
「仕方ありません。トリックオア……鳥? ええい、なんでもいいや。お菓子をくれなきゃいたずらしますよ」
「うむぅ……、まあ、合格です。では、いたずらでお願いします!」
「さっき、パンプキンケーキがあるって言いました」
「い、今ここにはありません!」
「用意してあるなら問題ありません。いたずらはなしです」
「そんなぁ~……。こうなったら……次は、ぼくの番ですね。勇者さん、トリックオアトリート! お菓子をくれなきゃいたずらしちゃいますよ」
「私、お菓子なんて持っていませんよ」
「かご盛りだくさんのお菓子は?」
「全部食べました」
「ふっふっふ……。計画通りです。勇者さんならきっと、あの程度のお菓子はぺろりと食べてしまうと思いました。つまりつまり、残るはいたずら! 合法的にいたずらできます。さあ、お覚悟を――もがっ」
「うそですよ。嫌な予感がしたのでひとつだけ残しておいたんです」
「ひゃ、ひゃんひーれふかぁ~……」
「ロリポップです。これでお菓子はクリアですね」
「ほ、ほんあぁ~……。せ、せっかく準備したのにこてんぱんに負けた気分です……」
「どうせ、ろくないたずらじゃないんでしょう」
「そそそそそそんなここおことないあいいですよぅ」
「露骨。さあて、ケーキ食べましょうか」
「そうですね……ぐすん。次こそ……次こそは……!」
「ハロウィンは一年に一度なんですよね。次のハロウィンはつまり、来年の今日ですか」
「そうなります。ちょうど、一年後です」
「一年後、ね……」
「勇者さん?」
「いえ。……あ、窓の外、なんだか騒がしいですね」
「こどもたちがお菓子をもらいに夜の世界を渡り歩いているようです」
「夜は魔なるものの世界ですよ。イベントに浮かれるのもいいですが、いささか危険ではないでしょうか」
「おや、勇者さんが人間たちの心配をなさるとは珍しい」
「一般論です。自らの意志で身を危険にさらす愚か者まで守る義理はありません。勇者はボランティアじゃないんです。……と言いたいところですが、ああいう愚か者も率先して守り、博愛の精神で戦うのが勇者なんですよね。つくづくイヤになります」
「ところがですね、今日に限っては勇者業もお休みできるのですよ」
「どういう意味ですか」
「ハロウィンは一年に一度、人間が仮装をして夜の世界に飛び出す日です。いつもはおそろしい夜も、仮装をしていればあら不思議。人間か魔族かわからない……。そうした怪しく危険なお祭りごとを楽しいと思う魔族もいること、ご存知でした?」
「……つまり、ハロウィンで仮装した人の中には、魔なるものたちが混じっている、と」
「その通りです。もちろん、仮装に乗じて人間に危害を加えようとするものもいます。ですが、一年に一度の不可思議なお祭りを楽しもうとする魔なるものたちが、それをけん制しているのもまた事実です。ハロウィンの夜は、あまりに曖昧で奇々怪々、おかしな世界なのですよ。……おっと、間違えました。お菓子な世界ですね!」
「……なんだかなぁ。では、私の出る幕はないってことで」
「今の勇者さんなら、彼らに混じってもなにも言われないと思いますよ」
「遠慮しておきます。ケーキが待っているので」
「では、ぼくたちはふたりだけの摩訶不思議な世界を楽しみましょう~」
「摩訶不思議が形を成しているようなひとに言われても」
「ぼくの存在はミステリアスってことですね。つまり、毎日ハロウィン!」
「一年に一度の利点を感じた気がします。毎日コレじゃ身が持たない」
「光る剣でぼくを指さない。コレって言わない」
「あ、違うな。毎日ハロウィン魔王さんだから、明日もハロウィンなのか」
「新しい言葉を作らないでください」
「よかったですね。一年待たなくてもハロウィンはやってきますよ。あなたの中で」
「ぼくだけハロウィンしていても楽しくないですよ。ただのアブナイひとじゃないですか」
「実際、アブナイひとでしょう。いろんな意味で」
「そ、そんなことありませんよ」
「じゃあ、私にしようとしたいたずら、教えてください」
「そっ、それはぁ~……。あの~、ですね~……」
「ほら、アブナイひとだ」
「ち、違います! 危険ないたずらではありません」
「ふうん。ケーキ、取り分けますね」
「あ、お、お願いします。……あの、ぼくの名誉のために言いますけど、かわいらしいいたずらですからね。それだけは誤解のないようお願いしますね……?」
「はい、どうぞ。誤解されたくないのなら、言えばいいだけの話です」
「どうも。ちょっ、ちょっとだけ恥ずかしいというか、なんというか……」
「いただきます。パンプキンケーキなんて初めてです。見た目も味もいいですね」
「いただきます。ほんとですね。とてもおいしいです。……あの、なにゆえぼくを見ているのでしょうか」
「……いやぁ? 魔王のくせにハロウィンの仮装で魔王の恰好をしたり、いたずらしてほしいくせにお菓子をしっかり準備したり、一か月も前から仮装の衣装を手作りしたり、ハロウィンを楽しむ人間たちが愚かな魔族に襲われないよう、それとなく様子を窺っていたり、よくやるなぁと思いまして」
「なんっ……。あれ、全部バレてる? なんで外の様子を窺っていることまでわかっているんですか⁉」
「勇者なので?」
「うそぉ……」
「いたずらのことなんですが」
「あっ、まだ続いていたんですね。勇者さんがお菓子を用意していた時点でぼくの計画は崩れました。考えていたいたずらはおじゃんですよ~。い、いまさら何をしようとしていたかは言わせないでくださいぃ……」
「…………来年」
「はい?」
「私はイベントごとに興味がないので、きっとお菓子を用意することを忘れているでしょう。だから、来年のハロウィンは……いえ、ここまでです」
「……ふふっ、じゅうぶんです。はい、来年ですね。だいじょうぶです、ぼくは忘れません。では、また、一年後の不思議な夜に」
お読みいただきありがとうございました。
魔王さんのいたずらは果たして何だったのでしょうか。魔王さんのみぞ知る。
魔王「あとでランタン作りましょうね。ジャック・オー・ランタンってやつです」
勇者「作るより食べたい」
魔王「ブレませんねぇ……。試しにひとつ、作ってみたのですが、いかがでしょう?」
勇者「バケモノみたいな顔ですね」
魔王「驚かないで聞いてください。これが正しいんですよ」
勇者「ハロウィン……おそろしいイベント……」