14.会話 『こわい』についての話
本日もこんばんは。
『こわい』ものを想像しながら読んでいただけたらうれしいです。
「魔王さん、ホラー映画はお好きですか?」
「あまり観ませんね。どちらかというと恋愛ものやコメディ、ファンタジーをよく見ます」
「魔王なのに」
「か、関係ありませんよ。魔王だからといって恐ろしい趣向を持っているとは限りません。そういう勇者さんは何がお好きなんですか?」
「映画自体、観たことがないので観たいジャンルを言いますね。ホラー、ミステリー、サスペンス、スプラッター、ソリッド・シチュエーションなどです」
「禍々しいラインナップですね」
「スカッとするのも好きなので、アクションもいいですね」
「勇者さんに似合いそうですね。映画のアクションを戦いに取り入れるのも面白そうですよ」
「今度やってみます。それはそうと、人によって『面白い』や『こわい』、『つまらない』や『好き』といった感情は違うと思うんです」
「今しがた映画の好みが分かれましたからね」
「そこで、『こわい』についてなんですが、魔王さんは映画を観ていて、どんなシーンで『こわい』と思いますか?」
「突然出てくるとびっくりしますね。大きい音とか、悲鳴とか」
「驚きと恐怖は似て非なるものですよ」
「うーん、そう言われると、こわいと思うことはあまりないかもしれませんね」
「血や死体なんて見慣れていますし」
「勝手にボソッと付け足すのやめてもらっていいですか」
「腐っても魔王さんは魔王ということですね」
「腐ったつもりはありませんが、サスペンスはこわいと思うことが多いですよ」
「ほう。詳しく」
「人間ってこわいですよね」
「全くもって否定ができませんね」
「人が人を追い詰めたり、殺し合ったり、末代まで呪ったり……。とても観ていられません」
「サスペンスに慄く魔王って面白い絵面ですね」
「恐怖する魔王を見て薄ら笑いを浮かべる勇者も絵面がやばいですよ」
「いやあ、つい」
「勇者さんはこわいと思うことってあるんですか?」
「そりゃ、人間ですし」
「やっぱり、勇者として危険と隣り合わせですし、怪我や死がこわい?」
「いや、それは別に」
「あれぇ。では、なにがこわいのです?」
「これは私が実際に経験した話なんですが」
「い、稲川勇者……」
「私は基本的に感情が死んでいまして、日常でこわいと思うことはまずないんです」
「それもかなりこわいですけどね」
「ところが、ある日のことでした。私は出会ってしまったんです」
「ゆ、がつくアレでしょうか」
「ちっぽけな人間が持つ概念では到底理解できない存在に……」
「お、から始める場合もあるアレでしょうか」
「それは、私の話も聞かずにそばに寄ってきました」
「ホラー映画定番のアレでしょうか」
「そして、私の行くとこ行くとこにつきまとい、四六時中視界に隅にいるんです」
「その特徴はまさしくアレでしょう」
「名前も非常に有名でして」
「さだ――」
「魔王っていうんですけど」
「ぼくじゃないですか」
「こわくてこわくてたまりません」
「一ミクロンも思っていない声で言わないでくださいよ。せめて一ミリくらいは思ってほしいです」
「理科苦手なんですよね、私」
「じゃあ欠片って言い換えます」
「漢字読めないんですよね、私」
「それ、文面上の問題ですよね? ぼく、いま発音しましたよね?」
「ええん、魔王さんの圧がこわいです」
「表情筋を動かさずにそれを言う勇者さんがこわいです」
「こわいものがたくさんありますね、私たち」
「まとめに入らないでください。勇者さんのこわいポイント、今のところぼくだけですよね」
「失礼ですね。他にもこわいものはありますよ」
「たとえば?」
「旅行鞄に入っているこれとか」
「なんですか、それ」
「まんじゅう」
お読みいただきありがとうございました。
魔王さんはほのぼのばかり観ます。勇者さんはその様子を冷めた目で見ています。
勇者「人間と動物の感動ストーリーのなにがおもしろいんですか?」
魔王「いいお話じゃないですか~! 感動して涙が出てきますよ」
勇者「へえ。その額にあるしずくも涙ですか?」
魔王「ぼくが映画を観ている間、勇者さんがずっと剣先を首元に向けていることへの驚きと焦りと恐怖の汗です。どういう状況、これ?」