129.会話 時計の話
本日もこんばんは。
残念ながら、大きなのっぽの古時計は出てきません。
「さっきのお店で見たかわいい腕時計、とってもすてきでしたね~。秒針を追う猫ちゃんが時間を刻んでくれていて、見ているだけで楽しそうでした!」
「そんなに気に入ったなら買えばよかったじゃないですか」
「うーん、時間に追われるのは好きじゃなくて」
「無限の時間を生きるのに?」
「今は勇者さんの時間に合わせていますからね。時間は有限なんですよ。そういう勇者さんは、時計を身に付けたりしないんですね」
「何時になったら起きる、食べる、眠るとか、めんどうじゃないですか」
「強制されるのはいやですが、規則正しい生活は健康に繋がりますよ?」
「不規則バンザイ」
「もう……。時計といえば、カチコチと鳴る音がかわいらしいですよね」
「急かされているようであんまり」
「そうですか~。あ、鳥さんが家に帰っていきますね。ぼくたちもそろそろ、今日のお宿に向かうとしましょう」
「……不思議に思っていたんですけど、旅をしていろんな場所に行っているのに、時間は共通ですよね。なぜなんでしょう」
「今まで行ったところがたまたま同じ時間の中だった、とか?」
「…………」
「熱烈な視線ですね! 照れちゃいますよう!」
「よほど死にたいようですね」
「うそうそ冗談ですって。簡単な話ですよ。神様が決めているんです」
「またアレですか……」
「でもでも、旅をしていれば違う時間の世界にも訪れることがあるかもしれませんよ」
「一生が一週間の世界とか?」
「セミワールド……。あ、それだと一日十二時間ですね」
「こことは違う時間が流れる場所に行ったら、時計はどうなるのでしょうか」
「反時計回り、針が動かない、高速で回転する、時計が爆発する!」
「困惑するんでしょうか。『どこだここは。時間を刻――は?』って」
「時計のキャラってそんなんなんですか。独特ですね」
「毎日毎日決まった動きで休むことも許されない時計のことを考えたら悲しいです」
「休んだら大変なことになりません?」
「ちょっとくらいいいじゃないですか。休息はよい働きのもとですよ」
「さっきから時計に自我が芽生えているのですが……」
「無機物に命を与える――いえ、自我を与える魔法とかないんですか? 魔王でしょう。命を冒涜する魔法のひとつやふたつ使ってくださいよ」
「自我を与えるっていっているのに冒涜なんですか?」
「生まれてこないのが一番の幸せですよ」
「唐突に重い話を……。ぼくの魔法、ぼく自身もよくわかんないんですよね~。今度さがしておきます」
「命の冒涜魔法をですか?」
「名称は変更希望ですね。無機物擬人化魔法とか、自我付与魔法とか」
「それっぽくておもしろみがありません。……いつか、時計と会話するのが楽しみです。激やばブラック業を壊れるまで延々と繰り返す時計は、果たして何を言うのでしょう」
「どうするんですか? もし、『やめたい』って言ってきたら」
「勇者の慈悲でぶっ壊して差し上げましょう」
「ただの器物破損ですね」
「ある意味で、時を永遠に止めることになるのでしょうか。なんだかロマンチックです」
「ただの器物破損なんですけどね」
「世界中の時計を破壊していったら、いずれ人々は共通の時間を認識できなくなるのではないでしょうか」
「太陽を見て生活する時代まで戻っちゃうかもですね」
「時計を壊されまいと隠れて保持する人々を襲い、世界から時計をひとつ残らず消失させる旅しませんか?」
「純粋な悪行の予感がしますが、だいじょうぶですか?」
「これもすべて、苦しむ時計のためですよ」
「時計は頼んでいないと思いますよ。訊いてみないとわかりませんが。ところで、時計は長く在ることから、様々な出来事を記憶しているとも思いませんか? それこそ、旅をしているように。時計が記憶する時代をこえた話を聴けたら、それはそれでロマンチックだと思うのですが、どうでしょう?」
「その理屈でいくと、私たちの旅も記憶する無機物さんがいるかもしれない、と」
「そうですそうです! てなわけで、ぼくたちも時計、買いませんか?」
「……もしや、時計のプレゼンされてました?」
「ロマンチック路線でアピールしてみました~」
「買いません」
「即答! なにゆえ⁉」
「もう持っているので。ほら」
「懐中時計ですか。……って、ええっ⁉ こんなオシャレなもの持っているなら言ってくださいよう! ……あれ? 勇者さんが時計を見ているのを見たことがないような……」
「見ても意味がないので」
「というと?」
「動かないんですよ、これ」
「壊れているんでしょうか。ちょっと見せてくだ――いやこれ、手巻き式!」
お読みいただきありがとうございました。
勇者さんの懐中時計はチェーン付きです。オシャレですね。
魔王「振り子時計もロマンがありますよねぇ」
勇者「閉じ込めて爆音で鼓膜を潰す作戦ですか」
魔王「攻撃力が高い時計ですね……」
勇者「振り子で直接殴った方がはやいですけど」
魔王「物騒な……」