115.会話 氷の話
本日もこんばんは。
氷ってアレです。飲み物の中とかに入れる冷たいアレです。そのアレの話です。
「勇者さんって、飲み物の氷って食べる派ですか?」
「…………」
「勇者さん?」
「はい? 何か言いました?」
「勇者さんの手のひらに包まれたグラスの中に入っている氷の話です。氷を食べる人と食べない人がいるでしょう? 勇者さんはどっちかなぁと思いまして。というか、さっきから何をしているんですか?」
「人肌で氷を溶かしているんです」
「では、勇者さんは氷を食べない人なんですね」
「食べる食べないとか果てしなくどうでもいいですが、どっちかと訊かれたら食べないと答えます」
「理由を訊いても?」
「氷を食べるとしたら、噛み砕くのに口を動かすじゃないですか。ステーキなら咀嚼してもいいと思えますが、氷相手に私の貴重な体力を使いたくないです」
「ものすごく怠惰な理由が飛び出しましたね」
「氷を入れることで水かさが増し、本来入ったはずの飲料が減るのも不満です。飲んでいるのが水ならまだしも、ジュースの時は少なくなった量だけ不満が増えます」
「ジュース飲むだけでそんな反比例現象が起きていたんですか。大変ですね」
「そういうわけで、私は氷を入れるのがそもそも好きじゃないんだと思います」
「ですが、冷たくておいしい飲み物のためには氷は重要ですよ?」
「冷蔵庫で冷やせばいいじゃないですか」
「グラスに氷が当たる音、素敵じゃないですか? カラン、コロンって」
「風鈴の方が好きですね」
「キンッキンの氷に飲み物を注ぐときのパキッという音もいい感じですよ」
「飲み物に音は求めていないので……」
「加工した氷はもはや芸術作品のように美しいものがありますよ」
「いずれは溶けちゃうじゃないですか」
「…………」
「すみません。気を悪くしましたか」
「え? いえいえ、そうではなくて、よく頭が回るなぁと驚いていたのですよ。勇者さんはきっと賢い子なのでしょうねぇ」
「ああ言えばこう言うただのガキですよ」
「頭の回転が速いとも言います」
「魔王さんの言い換えもすごいものですよ。私を悪者にしてくれません」
「ぼくはいつだって心の奥底の果ての下の向こうからの本心しか言いませんよ」
「そこまで遠いと、途中で二転三転してそうですね」
「氷が水になっても蒸気になっても氷であるように、姿が変わっても同じですよ」
「いいこと言ってるのかもしれませんが、理科とかわからないので響きません」
「ぼくの心が砕けそうです」
「行きつく先が同じでも、心は溶けた方がよさそうですね」
「ぼくの心を溶かすのは勇者さんだけです~」
「今しがた砕きそうになりましたけど」
「だいじょうぶです。また固まりますから」
「便利な心ですね」
「製氷機みたいにいっぱい作り置きしたいですよね」
「心を作り置きですか。魔王さんは作り置きじゃなくて抜き出して飾るんでしょう」
「それ、心は心でも臓器の方を言ってます?」
「氷に漬け込んで」
「あれ、氷っぽいですが氷じゃないんですよ。ホルマリンといってホルムアルデヒドの水溶液なんです。無色透明で一見なんてことないですが、架橋反応を起こすので有毒――」
「ああああ無理です無理です。難しい話はやめてください氷漬けにしますよ」
「ぼくのグラスの氷をガランガラン鳴らさないでくださいよう。食べるんですから」
「魔王さんは食べる派なんですね」
「歯で噛み砕く感覚が好きなんです。かためのアイスをかじっている気分です」
「そうですか。まあ、お好きにどうぞとしか」
「今度、動物の形の氷を作ってあげますよ。溶けるものでもちょっとした楽しみってことで、いかがでしょう?」
「お任せします。ていうか、そんな器用なことできるんですか?」
「ま、魔法で……。たぶん……」
「形に余裕があるなら、人型の氷って作れますか」
「おそらくできると思いますよ。人型でいいんですか?」
「そこにトマトジュースを注ぎます」
「トマトジュースに氷って合いますかね?」
「血だまりに沈む人間の再現です」
「おぞましいことしないでください」
「それを冷たい目で眺めようと思います」
「氷のような心をお持ちのようですが、ぼくが溶かして差し上げましょう」
「氷を噛み砕く魔王さんに言われても」
「今日から舐めることにします!」
「これ、氷の話ですよね?」
お読みいただきありがとうございました。
氷を食べるか食べないか。この物語はそういうどうでもいい話題を大切にしていきます。これがもったいない精神です。
勇者「氷を噛んだ時に頭がキーンとならないんですか?」
魔王「なりますよ。なるけど嚙んじゃうんです」
勇者「かわいそうに」
魔王「思ってないことだけはわかりました」