113.会話 いちご狩りの話
本日もこんばんは。
まごうことなきいちご狩りの話です。狩っているのはいちごだけです。
「おお……。これは素晴らしい光景です。私の胃袋が拍手喝采しています」
「勇者さんの胃袋には手が生えているんですか。特殊ですね」
「目の前に広がるいちごの列を見たら、どの臓器も喜びますよ。これ、食べていいんですか? 食べ放題?」
「はい。いちご狩りというものです。例のごとくお金は支払い済みですので、お好きな列でお好きないちごをお好きなだけ食べていいですよ」
「すべての列を狩りつくしても?」
「他のお客さんのために何列か残しておいてくださいね」
「私に他の人間のことを考えろと?」
「一応訊きますけど、勇者ですよね?」
「仕方ありません。私の胃袋と重要会議を開きながら対応を考えます」
「満腹具合で残すか決めるということですね。そのまま言えばいいのに~」
「うるせえんですよ。では、さっそくいちごを拝借――」
「勇者さん、こっちですよ~」
「うわぁ、私の上を飛ばないでください。いちごがびっくりするでしょう」
「いちごがびっく――? ええと、入り口付近より、奥の方が人が行かないのでおいしいいちごがある可能性が高いんですよ。おいでおいで~」
「移動するのがめんどい……。ただでさえ、今日は珍しく早起きした魔王さんに引っ張られて来たというのに……。雨が降るかと思いましたよ」
「いちごは朝摘みが一番おいしいんです! 食べるならおいしいものがいいでしょう?」
「まあ……。どのいちごもおいしいですけど」
「なるべく全体が赤いものを選んでみてください。あとあと、ヘタが上に反り返っているものは完熟のサインなのだとか。他には、宝石のようにツヤツヤしているものがおいしいらしいです! 取る時はいちごを逆さにして、根本からぷちっとやると簡単――もがっ」
「せっかくこんなにたくさんいちごがあるのに、よく食べずにしゃべれますね」
「ふむまうああまぅ……。おいひいれふ~」
「それにしても、いちごに詳しいですね。暇すぎて栽培でもしてたんですか」
「試しにやってみたことはありますが、ぜんぶ枯れましたね」
「地中お察しします」
「ぼくの心中をお察ししてください。勇者さんといちご狩りに行こうと思い、いっぱい調べてきたんです。勇者さんにはおいしいいちごを食べていただきたいので!」
「ぜんぶ食べれば結果は同じですよ」
「わかっていませんねぇ。いちごは水分が多く、意外とたくさん食べられないのです」
「水を飲むように食べられるということですか」
「解釈が斜め上なんですよね。初めのうちはよくても、ふとした瞬間にお腹がはちきれそうな感覚を抱くはずですよ」
「腹を突き破っていちごが実るってことですか。いちごの赤色は血液を吸って染まったもの……なんとおそろしい」
「勇者さんの思考がおそろしいです。いちごを食べながら言わないでくださいよう」
「受付の人間にもらった練乳とやら、やたら甘いですね。でもいちごに合う」
「ぼくは練乳につけて食べるのが好きです。口の中で甘々甘々甘々甘々甘々――」
「私はない方が好きですね。ちょっと甘すぎます」
「いらないならぼくがもらいますよ」
「どうぞ」
「ありがとうございま――って、なんでぼくにかけようとするんですか。べったべたになっちゃうでしょう」
「口の中も甘けりゃ脳みそも甘い魔王さんにはお似合いですよ」
「もう……。あれ? いちご、こんなに少なかったでしたっけ?」
「向こうの列に行ってきます。ここはあらかた食べ終わりました」
「うそん……? ぼくまだひとつしか食べてないのに……?」
「早い者勝ちです。いちご狩りってそういう勝負でしょう?」
「いつの間に戦いに……。穏やかに楽しく和やかに仲睦まじく食べましょうよ」
「時間制限があると聞きました。なるべく多くのいちごを私の胃袋に詰め込まなくては」
「ほどほどが一番ですよ。食べ過ぎはよくありません。あ、これとっても甘そうです。勇者さん、いかがですか?」
「食べ過ぎはよくないと言いながら、私にいちごを差し出す魔王さん……。なにか企んでいる?」
「し、失敬な! 純粋な厚意ですよ。いらないならぼくが食べますもん!」
「いります。食べます。甘いですね」
「よかったです。ぼくは……どれにしようかなぁ」
「魔王さん、小さくて青くてちょっと硬いいちご食べてみてくださいよ」
「絶対おいしくないとわかっているものを⁉ いやですよう」
「不味いいちごを食べたあとなら、あんまりおいしくないいちごもめちゃくちゃおいしく思えるかどうかの実験をしようかと」
「こ、今後おいしくなるいちごを犠牲にはできません」
「それでは実験スタート。これ食べてください」
「うわわわわ待ってください……あれ? このいちご、ぼくのアドバイスに全部あてはまる最高のいちご……。こんなに甘いいちごは初めてです……!」
「ジョーダンですよ。私が食べ物を粗末にするわけないでしょう。すべてのいちごとは一期一会の出会いです。……まさに旬の季節にぴったりの言葉ですね」
お読みいただきありがとうございました。
魔王さんは練乳派です。
魔王「列から赤が消えましたよ……」
勇者「いやあ、食べた食べた。…………」
魔王「なんです、ぼくをじっと見て」
勇者「あ、魔王。なんちゃって」