104.会話 ラジオの話
本日もこんばんは。
ラジオ、いいですよね。
この作品は語彙力を必要としない物語です。
「ん? 何か聴こえますね。というか、これ何ですか?」
「よく知らない物を躊躇いなく拾っていじって叩く勇者さんがすごいです。危ないものだったらどうするんですか。それはラジオといって、情報や音楽が流れる機械ですよ。リアルタイムで音が伝えられるので、非常時には便利なものなんです。今もどこかで、誰かがお話しているはずですよ」
「ふうん。暇なんですか」
「そういうお仕事なんですよ。それに、ラジオは情報をくれますし、BGMにもなります。ひとりで旅をする人にはうってつけかもしれませんね」
「私のBGMは魔王さんの声ということですか。……はあ」
「なんでため息つくんですか。ぼくの声お嫌いですか? ですが、前に落ち着くとかなんとか言ってた――」
「あ、音楽が聴こえる。睡眠用にいいかもしれません」
「無視しないでくださいよう……。勇者さんには音楽などなくても眠れるでしょうに」
「わかっていませんね。雰囲気ですよ、雰囲気。満天の星空の下、木の幹に寄りかかりラジオからの穏やかな音楽を聴く私……。どうです? まるで一枚の絵画でしょう」
「ご自分で言いますか。たしかに、旅人らしくて素敵だと思いますよ」
「両手サイズですし、持って行ってやってもいいですね」
「何目線ですか。ヒモをつければ旅行鞄からぶら下げられますよ」
「うーん、めんどいです。使いたい時だけ欲しいので、魔王さんのポシェット行きで」
「ぼくのポシェットは保管庫じゃないですよ?」
「そもそも、人の声ってあんまり好きじゃないんですよね」
「ラジオが泣いちゃいますね。では、音楽だけの番組にしましょうか」
「小さめでお願いします」
「ぼくの声が聴こえにくくなるからですか?」
「歩きながら眠らないようにです」
「器用なことを……。はい、できました。題名もジャンルもわからない謎の曲です」
「音楽が流れるだけでそれっぽいですね。もうこれ、私たちがしゃべらなくても成立するんじゃないですか」
「いいですか、勇者さん。言葉というものは智慧あるものによる発展と発達の宝であり、後世に継いでいくべき能力のひとつなのです。星の数ほどある言葉から何を選び取り、何を紡ぐかでそのひとを表し、また形作る姿なき表現の結晶であり――」
「長い。簡潔に言ってください」
「勇者さんとおしゃべりしたいんですよう! 黙っちゃいやです!」
「音楽がかき消される声量ですね。やかましいです」
「そもそも、会話というものはふたり以上の言葉を持つ存在によって成り立つものです。これがどんなに幸せなことかわかりますか?」
「ラジオの人はひとりでしゃべりまくっていましたが」
「あれは会話ではなくひとりごとです」
「容赦ないですね」
「たとえラジオの向こうに聴いているひとがいたとしても、話しているひとに伝わることはありません。便利なものですが、さみしいものでもあるんですよ」
「ほー。だからこの番組では二人組なんですね」
「あっ、勝手にいじらないでください。うまく合わせないとノイズが――あばあばば」
「うわぁ、ザラザラした音が……。不快極まりない音ですね」
「あ、音量ゼロに……。これではラジオの意味がありませんよ。貸してください。ここをこうして……はい。どうでしょうか?」
「また違う番組のようですね。あ、また変わった」
「CMに入ったようですね。番組のコーナーを変える時にはよく入るものですよ。いわゆる宣伝タイムですが、この時間もけっこうおもしろくてぼくは好きです」
「ラジオ聴くんですか」
「なにせ暇なもので……」
「ああ、ロリババアでしたね。ん? なんか聞き覚えのある声がします」
「気のせいでは? どれどれ……。『みなさんこんにちは! レストラン「ハンニバル」店長だよ! このたび、みなさんのご声援のおかげで全世界遠征が決定! あの街やこの街に「ハンニバル」がやってくるかも⁉ 続報はこのチャンネルでお届けしまーす! 乞うご期待っ!』だそうです。ゆ、勇者さん、このお店って!」
「いつぞやの人肉レストランですね。へえ、全世界遠征ですか。出張レストランでもするんでしょうか」
「魔族と人間の共存の場が広がるかもしれませんね」
「あのひとも物好きだなぁ……。魔王さんみたいです」
「ぼくの人間好きが魔族にも影響を与えて⁉ いたら、今頃世界は平和ですよう……」
「情緒不安定ですね」
「全世界遠征ということは、思ったより再会の日は近いかもしれませんね」
「いたちごっこで二度と会わない可能性もありますけど」
「その時は、その時ですね。あ、ラジオ切っちゃうんですか? 続報は?」
「壊れていないかの確認でたまにつけます。それくらいでじゅうぶんです」
「旅のBGMは?」
「隣から聴こえる声が途切れないので必要ないかと思いまして」
「ラジオにできない会話がしたいので、ぼくもお隣から声がほしいです」
「……やっぱり、ラジオはいらないみたいですね」
お読みいただきありがとうございました。
フラグは立てておくものだと偉い人は言っていました。
勇者「ほうきで空を飛びながらラジオでBGMを流したいです」
魔王「それはどこぞの魔女さんですねー」
勇者「やさしさに包まれたいんですよ」
魔王「せめて表情をですね……真顔じゃなくて……」