101.会話 川の話
本日もこんばんは。
暑い日が続くので涼しい話を、と川の話です。たぶん涼しいです。
「川のせせらぎ。ほのかな木漏れ日。涼やかな風。きらめく水飛沫。勇者さん! 川に来ました~! いえーい、ぱちぱちぃぃ~!」
「ああ……これはいいですね……よく眠れそ……すう……」
「寝るなーー! 起きてください。川遊びしましょう! 川遊びー!」
「うるさい……やかましい……川遊びしなきゃいけないとは聞いていません……」
「だからって石の上で寝なくても」
「三年くらい眠れそうです」
「寝すぎです。泳げるスペースもありますから、浮き輪どうぞ」
「あ、人類の理想形。ご無沙汰ですね」
「これからもその名前でいくんですか……? ちょっと深いですから、落ちないように気をつけてくださいね。まあ、ぼくが監視――ちゃんと見ているので問題ないですが」
「意味は同じなのに言葉によって受け取る印象がこうも違うものなんですね」
「少しのんびりしたら、冷たいものでも食べてもっとひんやりしましょうね」
「なにをしているのですか」
「バケツを石に引っかけて、流水で飲み物や食べ物を冷やすんですよ。自然の冷蔵庫というわけです」
「どんぶらこと流れていきませんか」
「桃じゃないんですから。紐で結びつけるのでだいじょうぶだと思いますよ」
「桃……。冷えた桃もおいしそうですね……」
「桃太郎さんも冷やされながら流れてきたんでしょうかね? 楽しそうですよねぇ」
「中身食べていいんでしたっけ」
「自分のスペース分は食べてもいいと思いますけど……」
「せっかくですし、流しなんたらやりましょうよ」
「ですが、竹がありません」
「そのまま川に流せばいいじゃないですか。他に人はいませんし、迷惑にはなりません」
「ダイナミックすぎて取れない気がします。それに、おそうめんがありませんよ」
「えー、使えない魔王さんですね」
「川遊びにおそうめんは持ってきませんよ……。代わりといってはなんですが、桃がありますよ。行ってきますね!」
「どこに……って、もういない。私の監視はいいのやら」
「勇者さーーんっ! 流しましたよーー!」
「遠くから魔王さんの声が聞こえる。流したって桃を……? 上流は滝になっていて見えないんですよね。いつ来るかわからな――痛っ。なんか頭に当たった……桃かい」
「キャッチできましたー?」
「はーい。取れましたよー。取れたというか、落ちてきたというか」
「ただいまです~。それ、さっき冷やしておいた桃ですから、とってもおいしいと思いますよ。がぶっとどうぞ!」
「どうも。……うん、美味です。文句なしです」
「よかったです~。あ、ぼくにも一口――痛ぁ⁉ な、なにか上から落ちてきた……って、桃ぉ⁉ しかも大きい!」
「モモタロサンでもいるんじゃないんですかね」
「桃太郎さんですよ。というか、どこから流れてきたんですか、これ」
「さり気なく間接キスしようとした煩悩魔王に鉄槌が下ったんですよ。下ったのは桃ですけど」
「そんなわけぇ……。ですがこれ、大きいだけで普通の桃のようです」
「食べ足りないので切り分けましょう。石に乗っけてください。あ、私も連れてって」
「どうやって切り分けます? 中に桃太郎さんがいると考えると、隅っこからスライスしていくのが安全そうですね」
「めんどうですね。真っ二つでいいでしょう。そぉい」
「ちょっと! 開けた瞬間血まみれとかいやですよ……お?」
「中に誰もいませんね」
「そのセリフこわすぎるんですけど。いろんな意味で」
「ただの巨大な桃のようです。食べましょう。美味」
「あ、甘いですね~。これはおいしいです。川で冷やされてほどよく冷たい……。ですが、なんで桃太郎さんは桃に入っていたのでしょうか?」
「そりゃあ、非常食でしょうよ。あとは極度の桃好き」
「ええ……」
「私なら、大きなお椀に乗ってツユ片手にそうめんを川で冷やしながらセルフ流しそうめんをやります」
「たぶん、おばあさんは見なかったことにすると思いますよ」
「こうしてひとつの物語は幕を開けることなく消えていったのだった……」
「物語は基本、ご都合主義によって構成されますからねぇ。とはいえ、お椀に乗るタイプの物語もあるんですけど……それはいいか」
「他にも何か流れてこないかなー。ステーキとかラーメンとか巨大メロンパンとか」
「全部濡れたらまずいやつでは……。そう都合よく流れてきませんよ。この桃も謎のままですし。……危ないものじゃないでしょうね?」
「川から流れてくるもので生活できたら動かなくていいんですけどねぇ」
「人生は川の流れのように、流れ流されていくものですよ」
「いいこと言っている風ですけど、流されてますよ。バケツ」
「はやく言ってくださいよう⁉ あれは流されちゃだめなやつ! 待ってぇぇぇ!」
お読みいただきありがとうございました。
ファンタジーワールドなので大きな桃くらい流れてきます。
魔王「ずっと浮き輪に浮いているだけですか?」
勇者「流される心配がなくていいんです」
魔王「そりゃあ、ぼくがヒモで固定していますからね」
勇者「過保護だなー……」