90.公爵さまの意外な一面
本日2話目の更新です。
公爵さまは、丹念にレティキュールを確認してる。いやもう、ホントに丹念というか、ものすっごい真剣な目で確認してらっしゃるんですけど。
レティキュールの表面を何度も手で撫で、縫い付けてあるコードの1本1本をなぞり、なんなら生地にコードを縫い付けてあるその縫い目まで、公爵さまは確認してる。挙句にはレティキュールを完全に裏返して、袋になっているその仕上げまで確認しちゃったり。
ツェルニック商会一行の3人が、固唾をのんで見守っている。
いや、これはさすがにツェルニック商会でなくても胃が痛くなるよね。
しかし公爵さま、こういう服飾品に、そんなに興味をお持ちだったとは。
確かに、公爵さまのお召し物っていっつも黒づくめで、シャツとクラバットが白、そしてクラバットのピンにだけ色が使われてるっていうシンプルさなんだけど、ものすごく上品で洗練されてるっていうのは感じてた。
ここんチの主従は、近侍さんがとにかくイケメンで目立つ容姿なわりには、そのイケメンっぷりを上手に抑え、なおかつ地味過ぎない上品な装いをいつもしてるのよね。だから、公爵さまの衣装も近侍さんがコーディネイトしてるのかと思ってたんだけど、このようすを見てるとどうやら公爵さまは自分で選んでるっぽいわ。公爵さま、実はかなりのおしゃれ上級者だったらしい。
「ゲルトルード嬢」
「はい」
ようやく顔をあげた公爵さまが私を呼んだ。
「この細いコードを縫い付けて模様を描くという手法を、きみが考えたのか?」
「さようにございます」
うなずく私に、公爵さまの眉間のシワが深くなる。
「いったいどのようにして、このような手法を思いついたのだ?」
「祖母が遺してくれました軍服から思いつきました」
まあ、ウソじゃないよね。
私の言葉に、公爵さまは納得してくれたらしい。
「なるほど、確かに軍服にはモールを何本も縫い付けているな」
「はい。太いモールではなく、細いコードを使えば、繊細な模様も描けるのではないかと思ったのです」
公爵さまはさらにうなずいてくれた。
でもって、私はちゃんと言い添えておく。
「けれど、わたくしは本当に最初の案を出しただけで、実際にこのようなすばらしい意匠に仕上げてくれたのは、ツェルニック商会さんです」
そう、私が言ったとたん、ビシッとツェルニック商会一行の背筋が伸びまくった。
公爵さまの視線が、ツェルニック商会へ向く。
そりゃあもう、ツェルニック商会一行は背中に板でも入ってんのかってくらいガチガチになっちゃってる。
「こちらの図案は、誰が考えたのだろうか?」
「は、はいっ」
公爵さまの問いかけに、ロベルト兄が喉を鳴らして答えた。「大まかな図案は、私、頭取のロベルトが考案致しました。色と素材は弟のリヒャルトが考え、実際に縫って細部を検討し、仕上げたのは母のベルタにございます」
へえ、ホントに家族そろって、このレティキュールを作ってくれたんだね。
私が感心していると、ロベルト兄はさらに説明した。
「ただこちらの図案は、最初にゲルトルードお嬢さまが、蔓草のような模様がよいのではないかとおっしゃってくださいましたので、それをもとに考案致しました」
「なるほど。確かにこの円と曲線を組み合わせた蔓草のような模様は、軍服の直線的なモールとは違い、繊細で立体感のある仕上がりになっているな」
おおう、公爵さま、めちゃくちゃ具体的なご感想だわ。ガチだわ、公爵さまはやっぱ服飾品に関してガチでいらっしゃるわ。
ロベルト兄も、ここぞとばかりに身を乗り出しちゃう。
「はい、このコードを縫い付けるという手法は、立体的な表現ができるという点が最大の特徴にございます。細いコードとはいえ、そこに当たる光の加減によって陰影が生まれますので、より趣のある装飾とすることが可能なのでございます」
顔を紅潮させて語るロベルト兄の横で、リヒャルト弟も語りたくてうずうずしてるのがわかる。
いっぽう公爵さまは、ロベルト兄の説明に大きくうなずいている。
「なるほど。立体的な陰影を際立たせるために、こうやって色数を抑えた意匠に仕上げてあるのだな」
「さようにございます、公爵閣下」
ついにリヒャルト弟も口を開いた。「使用するコードのお色は単色のほうが、より繊細な陰影を楽しむことができるのでございます。それにたとえば、生地の色と同じ色のコードを使用しましても、一見なんの装飾もないように見えますのに、光の加減で立体的な模様が現れますので、落ち着いた中にも上品な華やぎのある装飾とすることも可能でございます」
うん、さすがにふだんの語りの半分以下に収めたわね、リヒャルト弟。
そう思ってたら、リヒャルト弟は新たな包みを取り出した。
「いま公爵閣下のお手元にございますレティキュールは、ゲルトルードお嬢さまのお召し物に合わせてご用意したものでございますが、こちらに色違いでコーデリア奥さま、そしてアデルリーナお嬢さまにも、ご用意いたしてございます」
えっ? とばかりに、私は身を乗り出した。お母さまもだ。
ヨーゼフが、リヒャルト弟の取り出したレティキュールを私たちのところへ持ってきてくれた。
「すてき!」
お母さまが声をあげる。「本当に色違いだわ、でも色が違うだけでこんなに雰囲気が変わるのね」
リヒャルト弟が、ようやく少しいつもの調子が戻ってきたのか、いくぶん控えめなどや顔で説明してくれる。
「そちらの、銀ねず色の生地に淡いすみれ色のコードをあしらいましたほうをコーデリア奥さまに、そしてそちらの明るい水色の生地に白色のコードをあしらいましたほうをアデルリーナお嬢さまに、いかがかと」
「ええ、わたくしはこちらの銀ねず色をいただきますわ。水色のほうはアデルリーナに。嬉しいわ、わたくしたち母娘3人でおそろいだなんて。ねえ、ルーディ?」
お母さまに呼びかけられても、私はとっさに返事ができなかった。
感動に打ち震えていたからである。
だって、だって、おそろいよ? おそろい!
お母さまとアデルリーナと、3人でおそろいのレティキュール!
「う、嬉しいです」
私は冗談抜きで、ちょっと震える手でレティキュールを受け取っちゃった。光沢のあるきれいな水色の生地に白いコードっていう清楚で上品な色合いで、同じ模様を描くおそろいのデザイン。本当にかわいいかわいいアデルリーナにぴったりだ。
「早くリーナに見せてあげたい……」
「ええ、ええ、リーナも大喜びするわね。3人でおそろいなんて初めてですもの」
「はい、これを持って……3人でお出かけしましょう、お母さま。必ずしましょう!」
「もちろんよ、3人でお出かけしましょうね!」
私とお母さまはもう、完全にキャッキャウフフ状態である。
ああもうホントに、ホンットに、ツェルニック商会はいい仕事してくれるよ!
もう十分、恩を返してもらっちゃったわ!





