85.聞いておいて本当によかった
やっぱりね、何が何だかさっぱりわからないまま、言われるままに、はいそうですかって受け入れちゃダメだと思うのよ。
こっちで主張すべきところは主張していく。そうでなければ結局また、私たちは私たちが望む暮らしができなくなっちゃう可能性があるもの。公爵さまが本当に善意から私たちを援助してくださるのだとしても、ね。
だって、相手が良かれと思ってしてくれたことであっても、こちらの意見も何も聞かずに一方的にされてしまうと、迷惑にしかならないことなんてよくあるでしょ。
あの公爵さま、確かに悪い人じゃなさそうだけど、そういうとこ、やっぱちょっと信用できないのよね。こないだだって、私たちのことを心配してくれたのはいいとしても、だからっていきなり厨房に乗り込んでこないでほしい、って心底思ったもん。
そういう意味じゃ、公爵さまは前科持ちだからね。
だからまあ、その公爵さまに対して、私たちはどこで、何において、主張できるのかっていうことを、知っておかなきゃいけないって思ったの。
ただ、やっぱり法律に関わることだし、たぶん最初から全部の理解はできないと思う。
でも、こっちがちゃんと勉強してるんだっていう姿勢を見せて、なおかつ必要に応じて話し合いをしてもらいたいんだっていうことを、最初に伝えておくっていうのは、すごく大事なことだと思うから。
「それではまず、どのようなかたが後見人となられるのかについて、ご説明いたします」
おじいちゃんゲンダッツさんの説明が始まった。
「後見人とは、社会的、経済的基盤が不安定な状態にある、主に未成年を保護し監督する立場にある人の名称です。そのため、確立された社会的地位を持ち、経済的にも一定以上の余裕があることが、後見人になるための第一の条件です。もちろん、エクシュタイン公爵さまはその条件を十分に満たしておられます」
そりゃあまあ、そうでしょう。
私は、ふんふんとうなずく。
「後見人は被後見人、つまり後見されている人ですが、その被後見人の親とほぼ等しい権限を持つことになります。ただし、被後見人が所有している財産を、後見人が所有することはできません」
「えっ、それは娘……被後見人が女性であっても、ですか?」
私はちょっと驚いて、思わず問いかけちゃった。だって、この国の法律では、子どもが女子の場合、その財産はすべて親、それも男親の所有になるはずだから。
例えば、父親が亡くなって娘がその財産を相続した場合、母親である未亡人が再婚すれば、娘が相続した財産は母親の配偶者である義理の父親に所有権が移っちゃうんだよね。それも、娘が成年であるか未成年であるかも関係なく。
相続したのが息子の場合は、そんなことにはならなくて、相続した財産は本人が放棄しない限りずっとその息子が所有するんだけど。
学院図書館で調べてそのことを知ったとき、私は、どんだけこの国の女性は馬鹿にされてんのかって、本気で腹立ったもん。
ゲンダッツさんは、はっきりとうなずいてくれた。
「はい。被後見人の性別は問いません」
そしてゲンダッツさんは、少し困ったような表情を浮かべる。「これはやはり、貴族家のご令嬢が莫大な財産を相続された場合、後見人となってその財産を奪おうとする不埒な輩を排除するために必要なことなのです」
あー、やっぱりそういう連中が湧いてでるんだ?
でも、それを阻止するために後見人は被後見人の財産を所有できないって、ちゃんと考えてくれてる法律っぽい。
どうやら本当にそうらしくて、ゲンダッツさんはさらに教えてくれた。
「そして、被後見人が12歳以上であれば、被後見人が後見人を指名することによって、後見人契約が結ばれます」
「えっ、じゃあ、私が指名しないと公爵さまは……」
「さようにございます」
だからか。
私はすごく納得した。だから公爵さまは、自分を私の後見人にしてくれ、っていう言い方をしてたんだ。自分のほうから勝手に後見人になることはできないから。
またちょっと驚いちゃった私に、ゲンダッツさんは説明を続けてくれる。
「被後見人が後見人を指名し、指名された後見人が後見人としてふさわしい人物であるかどうかの審査が国の機関で行われ、その審査結果をもって後見人契約は結ばれます」
そう言って、ゲンダッツさんはほほ笑んだ。「もちろんエクシュタイン公爵さまの場合、なんの問題もなく審査を合格なさいますでしょう」
私は心底、こうやって事前に話を聞いておいてよかったと思った。
だって、ゲンダッツさんの説明からすると、被後見人って結構ちゃんと法律で守られてるよね? 後見人に一方的に財産を取り上げられることもないし、一定年齢以上なら自分で後見人を選んで指名できるんだから。しかも、国の審査を通らないとダメって。
保護してもらってるのであっても、言いなりになる必要はないってことじゃない?
あ、でもその点については、ちゃんと確認しておかなきゃ。
「では、その後見人契約を結んだあとに、被後見人がその契約を破棄することは可能でしょうか?」
「可能です」
私の問いかけに、ゲンダッツさんはきっぱりとうなずいてくれた。
「もちろん、後見人不適格となる具体的な理由が必要となりますが、被後見人のほうから後見人契約の破棄を国に求めることができます」
そしてゲンダッツさんは苦笑する。「実際に、被後見人の所有財産に対し管理監督する権限しかない後見人が勝手に使い込み、その結果被後見人の財産を著しく損なったという理由で後見人契約の破棄を申し立てられることは、それほど珍しくはございませんで」
えーホントに結構、立場強いじゃん、被後見人って。
どうしてもダメだったら、私のほうから後見人を辞めてくれって言えるんだ。もちろんその場合は、あの地位も財産もありまくりの公爵さまが不適格だって、国が納得してくれるだけの理由を、しっかり挙げられなければ契約破棄はできないだろうけど。
いや、でも、本当に、こうやって事前に話を聞いておいてよかったわ。
なんか、だいぶ気持ちが楽になった。
正直に言って、後見人が親族同等だって聞いたときは、あのゲス野郎のことが頭をよぎっちゃったからね。親族権限で、またいいように虐げられてしまうようなことはないんだろうか、って。
公爵さまはもう悪い人じゃない認定でいいとは思ってるけど、やっぱり長年、てかもう今世に生まれてからこのかたずっと、親族から虐待しか受けてなかった身としては、その辺はどうしても不安になっちゃうのよ。
それに、所有財産のことも、こうして事前に話を聞けて本当によかった。
だって、我が家の領地と家屋敷はもう公爵さまのものになってるから関係ないけど、今後私がレシピを売ったりして稼いだお金も、もし公爵さまの所有になっちゃうんだとしたらどうすればいいだろうって、考えてたのよね。お母さまの収入であることにして、お母さま名義の口座に入れておけばいいのかな、とか。
実はそれが今日、ゲンダッツさんを呼んで私が相談したかったことのメインだったんだけど、この問題もしっかりクリアになった。
はー、やっぱり情報収集ってものすごく大事。
必要な情報を持ってるかどうか、それについての知識があるかどうかで、その場でできる対応も、事前にできる根回しなんかも全然違うものね。それによって、その後の自分の立場や状況なんかも、全然違ってきちゃうだろうし。
うーん、まあ、私の場合は、自分が何を知らないのかを知るところから、っていうレベルではあるんだけどね。
とりあえず今回、ゲンダッツさんにレクチャーを頼んだのは大正解だったわ。





