84.おやつの試食と打ち合わせ
本日2話目の投稿です。
ツェルニック商会が帰ったあと、私とお母さまは大急ぎで厨房へ移動した。
さあ、プリンだプリンだ、ひゃっほぅー!
明日のための試食を兼ねているので、マルゴの意見も聞くために厨房でのおやつである。決して、居間を用意するのが面倒だからのなし崩しではない。ええ、決して。
私たちが厨房に入ったとたん、アデルリーナが本当に嬉しそうな顔で出迎えてくれて、いやもうホンットに私の妹はなんでこんなにかわいくてかわいくてかわいく(以下略)。
もちろんマルゴも準備万端で、厨房のテーブルの上にはすでにクロスがかけられ、私たちの席が用意してあった。うん、作業用の丸椅子だけどね、なんかもうすっかり慣れちゃったよ。
早速ナリッサがお茶を淹れてくれ、プリンの食べ比べ開始だ。
「あら、これは以前ルーディが作ってくれたものより、ずっとなめらかでやわらかいわ。それに、この茶色いソースもとっても香ばしくて美味しくて」
「本当です、とろりとしていて、噛まなくてもいいくらいです」
そうなの、以前私が作ったプリンは、全卵をそのまんま使った固めプリン。それとは別に、マルゴには卵黄だけ使ってさらに生クリームも加えたなめらかプリンも作ってもらったのよね。
加えて、この世界ではまだ貴重品の部類に入るお砂糖を使って、カラメルソースも作ってもらったの。
「ああ、でも、こちらの少し歯ごたえがあるほうも美味しいわ。卵の味がしっかりしていて、食べ応えがある感じよね。こちらも、この茶色いソースがよく合うわ」
「どちらも美味しいです」
お母さまもアデルリーナも、2種類のプリンを交互に食べて口当たりや味わいを確かめてる。
それにしても、マルゴは相変わらずすごい。どっちのプリンもほとんど『す』が入ってないし、なめらかプリンの口当たりは最高で、固めプリンのしっかり卵風味も抜群に美味しい。
「あたしも、両方お味見させていただいたんですが」
そのマルゴが言う。「こっちのなめらかなほうが、驚きは大きかったです。卵を蒸し焼きにして、こんなになめらかに固めることができるんでございますねえ。ただ、本当にやわらかいので、扱いには細心の注意が必要でございました」
うーん、悩みどころだわね。
やっぱここは、黄金比率でいくべきか。
「ではマルゴ、こうしましょう。明日、公爵さまにお出しするぶんは、全卵1個に卵黄を4個の割合で。それに生クリームも加えましょう」
やっぱりこのなめらかな口当たりって、初めて食べる人には結構インパクトあるよね。なめらかかつ、扱いやすさも考えると、この比率がたぶんベスト。それに、余った卵白でメレンゲクッキーも作ってもらえるし。
もちろん、公爵さまにはカラメルソースもつけて、盛り付けについても私はマルゴに指示を出した。
「さすがゲルトルードお嬢さまでございますね。それでしたら、見た目も華やかで申し分ないと思いますです」
マルゴも、うんうんとうなずいてくれる。
私はさらにもうひとつ、マルゴにお願いすることにした。
「あのねマルゴ、実はさっき、思いついたおやつがあるの」
「おや、今度はどのようなおやつでございますか?」
「レシピも必要ないようなものよ。マルゴがいつも作っているものを、組み合わせてくれるだけでできると思うわ」
私がさっき『思いついたおやつ』を説明すると、マルゴは目を見開き、そしてにんまりと笑ってくれた。
「ゲルトルードお嬢さま、それはもう間違いなく美味しい組み合わせでございますよ」
「うふふ、やっぱりそう思うわよね?」
私もにんまり笑っちゃったけど、すぐ横で聞いていたお母さまも、なんだかめちゃくちゃ嬉しそうだ。
「ええ、間違いなく美味しいわ。本当に、ルーディがどうしてそんなすてきなことを思いつけるのか、いつも不思議でしょうがないわ」
いや、ごめんなさい、お母さま。私の場合は、前世の知識があるだけです。
だってコレ、前世じゃ結構メジャーなお菓子だもんね。もう代名詞みたいなメーカーさんもあったし。アレとアレとアレを組み合わせるだけなんだけどすっごく美味しくて、前世でもなんかときどき無性に食べたくなってたりしたもの。
まあ、大好きなお母さまとアデルリーナが喜んでくれるなら、今世でも作れるおやつはどんどん作っていく所存です、はい。
「マルゴ、明日は公爵さまをはじめ、大勢のお客さまがお見えになります。おやつ作りも本当に大変だと思うけれど、よろしくお願いしますね」
「はい、お任せくださいませ」
マルゴは頼もしく、自分の胸をぽんとたたいてみせてくれた。
ホンット、公爵さまに機嫌よくいていただくために、マルゴの作るおやつはとっても重要だからね!
そんでもって、おやつの後はまた来客だ。
お母さまと私が客間に戻ったところで、ヨーゼフがいつも通り告げてきた。
「ゲンダッツ弁護士さまがお見えでございます。お通ししてよろしいでしょうか」
ああもう、ヨーゼフ!
ホンットにこういうときだけ、しれっと仕事してくれちゃうんだから!
「ヨーゼフ、起きて大丈夫なの?」
「そうです、まだ休んでいなければいけないでしょう?」
私もお母さまも思わずお小言を口にしようとしたんだけど、ヨーゼフはにっこりと笑う。
「ゲンダッツさまをお通ししてよろしいでしょうか?」
わかったわよ、ゲンダッツさんを待たせちゃダメだってことでしょ!
「ええ、お通ししてちょうだい」
私の笑顔がちょっと引きつっているのは、ヨーゼフのせいだからねっ。
お母さまと2人で表情を整えたところに、ヨーゼフがゲンダッツさんを案内してきた。
客間に入ってきたおじいちゃんゲンダッツさんは、挨拶してすぐ自分1人だけの訪問であることを詫びてきた。
「申し訳ございません。倅は本日、商業ギルドへ回っております。ツェルニック商会さんの意匠登録の件や、軍の携行食糧などの件で、ベゼルバッハ意匠登録部門長と打ち合わせをさせていただいておりまして。本日のお話は私が担当させていただきます」
ええ、それはもう、昨日そういう話で進めましたし、若いほうのドルフさんも大忙しでしょうから。
私がうなずいている横で、お母さまが少し心配そうに問いかけた。
「でも小父さまは、弁護士のお仕事をすでに引退されたと聞いていましたのに……もちろん、わたくしたちはとても助かりますけれど、いいのでしょうか?」
おじいちゃんゲンダッツさんは、やさしい顔で答えてくれた。
「先代マールロウ男爵さまは、ずっとコーデリアさまのことを心配しておられました。もちろん、お孫さまのゲルトルードお嬢さまや、アデルリーナお嬢さまのこともです。いまこうして皆さまが新しい生活を始められたことを、先代男爵さまの墓前にご報告できると思いますと、私ものんびり引退などしていられぬ気持ちになりまして」
その言葉に、お母さまは片手を口元に当てて視線を落としてしまった。
ええ、そういう話は間違いなく涙腺を刺激してくれちゃいます。私もちょっとうるっとしてるくらいだから、お母さまにしてみればもう、本当に胸がいっぱいって感じでしょう。
それでもお母さまはすぐに顔を上げ、笑顔で言った。
「ありがとうございます、小父さま」
「これからは、きっとよいことばかりが続きますよ」
おじいちゃんゲンダッツさんは、やっぱりやさしい顔で言ってくれちゃう。「本当に、エクシュタイン公爵さまがゲルトルードお嬢さまの後見人になってくださることになって、本当にようございました。これ以上に心強いお味方はおられますまい。もちろん、私どもも精いっぱいお力添えできればと思っておりますので」
「ええ、本当に」
お母さまの顔に笑みが広がる。「ゲルトルードのことを思い、力を貸してくださるかたがたに恵まれて、わたくしたちは本当に幸せですわ」
おじいちゃんゲンダッツさんも、にっこりとうなずいてくれた。
「それでは、公爵さまから後見人としてどのようなご援助がいただけると考えてよいのか、そもそも後見人というのはどのようなお立場のかたなのか、公爵さまご自身のお考えをうかがう前に、ゲルトルードお嬢さまがご承知になっておかれたほうがよいことなどを、ご説明させていただきます」
そうです、これからこの国の『後見人』というものについて、ゲンダッツさんからレクチャーしてもらうことになっているのでした。