83.ツェルニック商会本領発揮
「クルゼライヒ伯爵家未亡人コーデリアさま、ゲルトルートお嬢さま、アデルリーナお嬢さまにおかれましては本日もご機嫌麗しく、またお目にかかれましたこと恐悦至極にございます」
うん、今日も通常運転だね、ツェルニック商会は。
ロベルト兄とリヒャルト弟、そんでもってベルタお母さんも勢ぞろいだ。
てか、ベルタお母さんの目の下のくまが、昨日より確実に濃くなってます。
ベルタお母さん、無理してませんか? と思ったんだけど、その目がキラキラ、いやもうギラギラしてて、なんかすっごいやる気がみなぎってる……ように、見えるので黙っておくことにした。
「今日もよろしくお願いしますね」
お母さまと私が挨拶すると、ありがたいことに今日はすぐに用件へと進んでくれた。
「それではまず、本日お届けに上がりましたゲルトルードお嬢さまのお衣裳の、確認をさせていただきたく存じます」
と、いうことで私は別室に移動して、届いたドレスに着替えさせてもらう。
本日届いたのは、私の目と同じ琥珀色のデイドレスだ。うん、琥珀色っていうか、私はちょっと薄めに淹れたほうじ茶みたいな色だなーと思ったり。
パッと見、地味な色合いなんだけど、襟や袖口、スカートの裾にもアイボリーのレースが添えられていて、さらに胸元には深紅の幅広リボンも添えられている。
そのリボンも、ふんわりした感じのものではなくハリのあるサテン地で、光の加減でストライプの模様が浮かぶというちょっと凝ったものだ。
それに、深紅の幅広リボンは腰の上でも大きくリボン結びされているんだけど、そのちょっと子どもっぽいかなっていうデザインのおかげで地味になり過ぎず、若い令嬢らしいかわいらしさのあるドレスに仕上がっている。背中にずらっと並んだ小さなくるみボタンもいいアクセントだ。
うん、服全体の生地もしっかりハリがあって、スカートもふわふわした感じじゃないし、すっきり着こなせそうだわ。
「まあ、ルーディ、このお衣裳もとっても似合っているわ」
「すてきです、ルーディお姉さま!」
着替えて客間に戻ると、お母さまとアデルリーナが大喜びしてくれた。
リヒャルト弟が、どや顔で説明してくれる。
「こちらのお衣裳は、ご令嬢さま同士のお茶会などの場でお召しになるのに最適でございます。特にこれからの季節は、編み上げのブーツと合わせていただくと上品さの中にも活動的な雰囲気が感じられるようになりますし、後日お届けします栗色の外套とも合わせていただきやすい色形になっておりますので」
うんうん、ツェルニック商会は本当にいい仕事してくれるわ。家族そろってキャラは濃いけど。
そしてその場で、ベルタお母さんをはじめ商会のお針子さんたちが微調整をしてくれ、このドレスもそのまま受け取ることになった。
その後は、本日のもうひとつのお題に突入である。
なんかもう、兄弟もお母さんも、さらにイキイキとした表情である。
「それでは恐れ入りますが、お衣裳部屋にご案内いただけますでしょうか?」
そう、新たなお直し案件へGO! なのよね。
ホンット、自宅と学院の往復だけなら、制服があればあとはなんとでもって感じでいけるんだけど、これだけお家にお客さまを迎えることが多くなるとねえ……しかもそのメインのお客さまが、公爵さまだときたもんだ。
そうするとやっぱ、それなりの恰好をしてないといろいろマズイわけよ。
まあ、幸いなことに、お母さまのドレスをお直ししてもらうのであれば、日数もそれほどかからず届けてもらえるようなので、なんとか着回しできるようになる……はず。
で、案の定、衣裳部屋に入ったとたん、ツェルニック・ファミリーの独壇場だ。
引越しのために、お母さまの衣装はすでに半分くらい運び出しちゃってたんだけど、そのことを悔しがりながらもリヒャルト弟は、例のプロの技を存分に発揮しまくってくれちゃう。
いやもうホント、なんでこんなにあっさりと、私に似合うドレスを見つけ出してくれちゃうんだろうね?
お母さまとアデルリーナが並んで腰を下ろしているその前に、リヒャルト弟はしゅたたたーっとばかりにドレスを並べる。そんでもって、姿見鏡の前に立っている私に、その1着1着を当ててくれるんだ。
「あら、そのお色もすてきね」
嬉しそうなお母さまの声に、リヒャルト弟が恭しく応えちゃう。
「はい、こちらのお色でしたら、ゲルトルードお嬢さまのお顔がいっそう明るく引き立ちます。ただ、この襟元のフリルがやや過分に感じられますので、代わりにコード刺繍を施させていただければと」
「そうね、そのお見立てでお願いするわ」
「では、こちらは年末にお届けするほうに回させていただきます。先ほど当てていただきました3着は、仕上がり次第お届けするということで」
なんかね、急いでお直しして届けてもらえるぶんと、『新年の夜会』でコード刺繍をお披露目してから着用するぶん、合わせて結構な数のお直しをしてもらうことになっちゃったのよね。
リヒャルト弟が選んでくれたドレスに、ロベルト兄が靴だのショールだの小物を合わせたコーディネイトをして、そのコーディネイトの詳細をシエラとナリッサに伝えている。
いや、元お針子シエラが熱心なのはなんとなくわかるんだけど、ナリッサまでめちゃくちゃ真剣な顔でメモを取ってるんだよね。このドレスにはこの靴を合わせ、髪飾りはこれ、令嬢同士の集まりでも上位貴族ばかりの席ではこの首飾りを足して、なんてレクチャーの内容を。
そんでもってその横では、ベルタ母が具体的にどこをどうお直しするのかをチェックし、その内容を書いたメモをそれぞれのドレスに待ち針でとめ付けてる。
メモが付けられたドレスは、お針子さんたちがしゅたたたーっとたたんでトランクのような衣装ケースに1着ずつ詰め込み、次々と運び出していく。
その手際のよさときたら。
いやもう、こういうところを見せてもらっちゃうと、ツェルニック商会すげえ、本物のプロだわ、と思わずにいられない。そろってキャラは濃いけど。
「それでは本日は、15着のお預かりということで」
ロベルト兄とリヒャルト弟が、嬉々としたようすで確認してくれる。
うーん、私は姿見の前に立ってただけで結構疲れたんだけど、なんでこの人たちこんなに元気なんだろう?
「そのうち8着は仕上がり次第お届けに参ります。あとの7着は『新年の夜会』以降のご着用ということでよろしいでしょうか?」
「ええ、それでよろしくお願いしますね。届けてもらうのが本当に楽しみだわ」
なんか、お母さまもすっかりうきうきした感じで答えちゃってますけど。
そしてさらに、ロベルト兄が笑顔で言ってくれちゃう。
「こちらのお衣裳のお直しは、昨日お約束させていただきました通り、お支払いは結構でございます」
そうなのよ、ツェルニック商会ってば、全部タダでお直しさせてほしいって言ってくれちゃって。私はうなずきながらも、やっぱりなんか落ち着かないよねえ。
「ええ、とても助かりますけど、本当にいいのかしら?」
「もちろんでございます。私どもといたしましては、この程度のことでゲルトルードお嬢さまからいただきましたご恩をお返しできるなどと、到底思ってはおりません」
真顔でそう答えてくれるロベルト兄の横で、リヒャルト弟もベルタ母も、うんうんとうなずいている。
「今後、また改めまして、ご恩をお返しできる機会を設けさせていただければと存じております。そのさいは、どうぞよろしくお願い申し上げます」
いやもう、昨日のあの重すぎるノリで、今後我が家の子々孫々に至るまでクルゼライヒ伯爵家からのご注文はすべてご奉仕させていただきます、なんて言いだされたときは本当に引いちゃったんだけど。
そこはエグムンドさんが取りなしてくれて、とりあえず急ぎのぶんだけ無料ってことにしておいて、また改めて条件を確認し正式に契約書を交わしたほうがいい、ってことになったのよ。
はー、タダにしてもらえるのは正直ありがたいけど、それはそれでなんか申し訳なさすぎるでしょ。私としては、本当にいい仕事をしてくれているんだから、その仕事に対する報酬はきちんと支払いたいっていう気持ちがあるのよね。
それに……どう考えても重すぎるぞ、ツェルニック商会。
もちろん、仕事に関してはすごく信頼してるのよ? だからホント、割とあっさり引き下がってくれて、ホッとしたわ。
ただ、やっぱり、その『後日』っていうのが、ちょっと気にならないでもないんだけど……エグムンドさーん、ちゃんとまっとうな契約書になるよう、よろしくお願いしまーす。





