80.意外な展開
「まあ、本当にびっくりするほど美味しいわ。さっぱりとした酸味があるのにまろやかでコクがあって」
マヨネーズを使ったハムサンドをほおばって、お母さまは目を見開いちゃった。
同じくハムサンドに口をつけたアデルリーナも目を丸くしてうなずいてる。
「本当においしいです。ちょっとすっぱいのに、すごくおいしいです」
そうなのよね、子どもってどっちかっていうと酸味は苦手なのよね。でも、マヨネーズは子どもにも好まれる味なのよ。
アデルリーナはマヨネーズを使ったサンドイッチはもちろん、ポテトサラダもいたく気に入ったようすで、本当に嬉しそうに食べてる。その嬉しそうな顔がまた、とびっきりかわいくてかわいくてかわいすぎてかわいい(以下略)。
いやホント、マルゴがすごいのはこういうところだと、私はつくづく思っちゃう。
マヨネーズっていう調味料をひとつ教えただけなのに、その新しい調味料がどういう具材とよく合うのか、実に的確に見つけ出して美味しいお料理に仕上げてくれる。
野菜に合うソースだとは説明したけど、教えてもいないのにポテトサラダを作ってくれちゃうんだもんね。ふかしたじゃがいもをつぶし、マヨネーズと和えるとこんなに美味しいって、マルゴは料理人の勘でひらめいてくれたんだと思う。
おまけに、その勘でひらめいちゃった料理の完成度がすごい。
味はもちろん、見た目もすごくきれいで、食べる前からテンションが上がっちゃうような仕上がりにしてくれちゃうんだから。それも、教えられたその日に、手持ちの食材だけを使って、よ。
サンドイッチもポテトサラダも、シンプルな料理だからこそいろんなアレンジが可能で、それだけに料理人の腕が問われるんだけど、マルゴは本当に満点だ。
いやもう、ここはちょっと卑しい発想になっちゃうけど、このさいマルゴに売れる恩は徹底的に売っておきたい。
そのために、ホットドッグをフリッツたちのお店で売るということを、絶対に実現させなければ。それでマルゴが私に恩を感じてくれれば、これからも毎日美味しいごはんを作ってくれて、また新しいレシピを作ることにもいっぱい協力してくれるだろうから。
そしてそのレシピを売れば、それが我が家の収入になる。
うん、生活費を稼ぐ方法が、ひとつ確保できたよ!
レシピの売買は、貴族家同士の個人的なものである場合がほとんどだということだけれど、どのレシピをいくらくらいで販売するのが適切なのか、その辺りはエグムンドさんに相談すればいいと思う。
それに……レシピ本を作って、希望者に売るっていうのもアリかと思うのよね。
この世界に写真っていう技術はないようだし、そもそも印刷や製本の技術もそれほど進んでいる感じはしない。ちゃんと紙があって、手で書き写すのではなく印刷できるっていうだけでも、すごいことなのかもしれないけど。
まあ、そういう製本レベルでイラスト入りのカラー印刷をするとなれば、ごく薄い本でも1冊の値段はかなり跳ね上がると思う。でも、貴族家や豪商なら買ってくれるんじゃないかって思うのよ。どうやら『目新しいお料理』っていうのは、それくらいの価値があるみたいだし。
その辺も、エグムンドさんに相談すればいいかな。
いや、本を出版するなんてかなり大変だと思うけど、ホントにクラウスはいい人を紹介してくれたわ。マーケティングのお話だってすごくわかりやすかったし、本当に頼りになりそう。
そうね、まずは、美味しそうなお料理の絵を描いてくれるイラストレーターさんを捜すところからになっちゃうだろうけど……。
「あらあら、ルーディ、手が止まっていますよ」
お母さまの声に、私はハッと顔を上げた。
すっかり考えこんじゃって、食事の手が止まってしまっていたらしい。
「せっかくのお食事なのだから、美味しくいただきましょう」
「はい。失礼しました、お母さま」
思わず頭を下げちゃった私に、お母さまはちょっと困ったような表情を浮かべる。
「考えなければならないことが多いのはわかっています。でも、決して無理をする必要はなくてよ、ルーディ。なんだか、貴女のように聡明過ぎるのも問題ね」
いや、聡明過ぎるとか。
ごめんなさい、お母さま。私は別に聡明なんかじゃないです、ただちょっと違う世界の知識があって、中身がちょっとトシ食ってるってだけなんです。
などと正直に言えるはずもなく、私もちょっと困った表情を浮かべてしまった。
そんな私にお母さまは、優しく諭すように言ってくれる。
「貴女が1人で何もかも背負う必要はないのですよ。公爵さまがお力を貸してくださることになりましたし、ゲンダッツさんや商業ギルドのかたがた、それにツェルニック商会の人たちもみんな、貴女の力になってくれるのですから」
「はい、その通りだと思います」
私も素直にうなずいた。
そして、お母さまに安心してもらえるよう、付け加えた。
「実はいまも、商業ギルドのエグムンドさんに相談することを考えていたのです」
お母さまもにっこりうなずいてくれる。
「そうね、あのエグムンドさんというかたは、頼りになりそうね。今日もわたくしたちの知らなかったことを、いろいろ教えてくれましたし」
「本当にそうですね。わたくし、レシピの販売についても初めて聞きました」
私の言葉に、お母さまはくすくすと笑った。
「わたくしも初めて知ったわ。レシピの販売について」
そしてお母さまは手元のサンドイッチを見やる。「でも間違いなく、貴女の考えたこの『さんどいっち』も、それにこのとっても美味しいソースも、食べた人はみんなレシピを欲しがると思うわ」
うん、サンドイッチのレシピも売れそうだってエグムンドさんは言ってくれたし、マヨネーズもきっとみんな知りたがるよね? マヨネーズは、見ただけじゃ作り方はわからないと思うから、特に。
だから私はお母さまに言ってみた。
「レシピの販売なのですけれど、わたくし、やはり本にできないかと思っているのです」
目を見開いたお母さまに、私はさらに言った。
「レシピを希望する貴族家の料理人に、マルゴがいちいち説明をするのは大変だと思うのです。もし本にしてあれば、それを購入していただければ済むではありませんか。サンドイッチだけでなく何種類かのレシピを掲載しておけば、それも1冊の購入で済みますし」
だってマルゴが大忙しになっちゃったら、我が家のごはんに影響が出ちゃうじゃんね?
お母さまは、そのアメジスト色の目を瞬かせた。
「……本、そうね……本にするというのは……」
眉を寄せてお母さまは考え込んでる。
そしてお母さまは、私をまっすぐに見つめて言い出した。
「本にするのであれば、わたくしも力になれるかもしれないわ」
「えっ?」
なんかびっくりしちゃった私に、お母さまははっきりとうなずく。
「わたくしのお友だちに、とても絵の上手なかたがいるの。以前、小説の挿絵なども描かれていたほどの腕前なのよ」
「本当ですか!」
なんと、イラストレーターさんの当てがあるんですか、お母さま!
「レシピの本であれば、お料理の挿絵があったほうがいいわよね? そのかたなら、お料理の絵も上手に描いてくれると思うわ。それに、小説の挿絵を描かれていたくらいですから、本の出版についても知識がおありだと思うの」
お母さまはあごに手をやり、真剣に考えこんでいる。
「ただ、そのかたはもう長い間、ご領地の領主館にいらっしゃるとかで……わたくしが突然連絡を差し上げてしまっていいのかどうか……でもレオ……レオポルディーネさまなら、きっと大丈夫だと思うわ」
レオポルディーネさまって、あのエクシュタイン公爵さまのお姉さまの?
私はさらに驚いて問いかけてしまう。
「あの、お母さまのお友だちのレオポルディーネさまもご存じのかたなのですか?」
「ええ、学生時代、わたくしたち3人は本当に仲良くしていたのよ」
お母さまの顔がほころぶ。
いや、でも、それってつまり、そのイラストレーターさんも貴族家のご令嬢だってことよね? 貴族家のご令嬢、たぶんいまはご夫人じゃないかと思うんだけど、それも領主館に居るってことは爵位持ち貴族?
そんなかたが小説の挿絵とか……マジ?
確かに水彩画は、刺繍や音楽と並んで貴族女性のたしなむべき趣味だとはされているけど……あくまで趣味の範囲の話あって、それを女性が職業にするって基本的にあり得ないのがこの世界、この国だよね?
そんな状況で、小説の挿絵を描かれていた貴族家のご令嬢って?
ますますびっくりしちゃう私に、お母さまはきっぱりとうなずいてくれちゃった。
「まずはレオポルディーネさまに連絡してみるわ。それで彼女に挿絵を描いてもらえるかどうか、当たってみましょう」





