78.だから私を置いていかないでってば!
本日2話目の更新です。
200万PVありがとうございます!
エグムンドさん以下、全員がうなずいてくれたので、私は言葉を続けた。
「この細長いパンのレシピなのですが、実はすでに提供を決めている相手がいます」
「公爵さまによる軍への提供以外に、ですか?」
眉を上げて問いかけてきたエグムンドさんに、私はうなずいた。
「はい。我が家の料理人に、レシピの使用を許可しました。料理人の家族が、街にある自分たちの店で販売を予定しています。これについては、公爵さまもご存じです」
そうだよね、だってあのとき公爵さまは、ホットドッグを街で売るつもりなのかって、まず問いかけてきたもの。私とマルゴのやり取りをちゃんと聞いてたってことだよね。
「とりあえず、公爵さまに確認をするまでは、販売はしないようにと告げてありますが、販売自体は間違いなくさせるつもりです」
マルゴと約束したし、フリッツだってあんなに熱心に取り組もうとしてくれてたしね。
私の説明に、エグムンドさんは思案顔になった。
「レシピの販売自体は、それを考案されたかたが自由になされるものですが……街で販売されるということは、このパンをまず平民が口にすることになるということでしょうか?」
って、問題はそこなの?
だってホットドッグだよ、リールの皮で巻いてどかどかかごに放り込んで買ってってもらうような庶民的な食べ物だよ? 行軍中の兵士が片手で食べるのはわかるけど、むしろ貴族がお茶の席なんかでむしゃむしゃかぶりつくなんて想像しにくくない?
いや、確かにいま私がソレをやったけど! 公爵さまもウチの厨房でがっつり召し上がっていたけど!
「街での発売の時期は、公爵さまとご相談させていただくつもりです」
そう答えてたから私は、つい言っちゃった。「わたくしとしては、新年のお祭りのさいに、街の広場にこの細長いパンの屋台を出したいと考えていたのですけれど」
「ほう、それはまた」
おおう、エグムンドさんの眼鏡がまたもやキラーンしちゃったよ。
ぐっと身を乗り出してエグムンドさんは問いかけてきた。
「どの程度の規模での販売をお考えなのでしょうか? 屋台はいくつほどご予定で?」
「いえ、まだとてもそのような具体的なところまでは考えておりません」
その食いつきのよさに私はちょっと腰が引けちゃう。
でもま、このさいだからいま考えてる計画についてちょっと話しておこう。問題があるようなら、たぶんエグムンドさんは指摘してくれるだろうし。
「販売を許可した相手は最近商売を始めたばかりというパン屋ですし、私としてはお試し程度に販売できればと考えていました。あとは、そうですね、できれば温かいスープを売る屋台も一緒に出せればいいかもしれませんね。新年の祭りは冬の夜ですから」
真冬に夜通し続くお祭りなんだもの、温かくて美味しいホットドッグとスープがあれば、あったまるし腹持ちもいいしみんな喜んで食べてくれるはず。
「なるほど。その辺りのことは、公爵さまには?」
「いえ、まだ何も。本当に思い付きでしかありませんし、明後日公爵さまがご訪問くださったときにでもお話できればと考えております」
「ふむ、新年の祭りですか……」
エグムンドさんがまた思案顔になった。
そしてその顔を、私とお母さまに向ける。
「失礼ながら、ゲルトルードお嬢さまは『新年の夜会』に、ご参加のご予定はございませんでしょうか?」
私はお母さまと顔を見合わせちゃった。
そしたら、私が口を開く前に、お母さまがぱーっと顔をほころばせた。
「そうね、そうだわ! 公爵さまがルーディの後見人になってくださるのだから、ルーディも『新年の夜会』に参加できるわね!」
は、い?
私は思いっきり首をかしげて……お母さまに問いかけた。
「あの、お母さま、後見人というのは親族と同じ扱いなのですか?」
「そうなのよ。だから公爵さまにエスコートしていただけば、貴女は『新年の夜会』に参加できるわ」
お母さまは弾んだ声でそう答えてくれた。
『新年の夜会』というのは、王宮の一角にある離宮で新年を迎える日に開催される、いわば年越しパーティだ。
貴族社会においては通常、招待状が必要な正式な夜会には、成人していなければ参加できない。この世界というかレクスガルゼ王国での成人は18歳で、貴族社会では王都中央学院の卒業をもって成人とみなされている。
つまり、学院に在籍している学生は正式な夜会には参加できないんだけど、『新年の夜会』だけは例外なんだ。
『新年の夜会』だけは、中央学院に在籍している学生でも参加できる。ただし学生の場合は、エスコートする相手、エスコートされる相手は、親族に限られる。
ある意味『新年の夜会』は、社交界へ正式にデビューする前に親きょうだいとともに参加する、前段階の練習会みたいなものらしい。
だから、軽い食事は提供されるけどお酒は出されないし、通常の夜会ならまず用意されているカードテーブルもない。カードテーブルっていうのは、要するに賭け事をするための部屋ね。あのゲス野郎はそこで身ぐるみ剥がれたんだけどね。いまじゃもう正直に、公爵さまあのゲス野郎の身ぐるみ剥いでくださってありがとう、って気持ちだけど。
って、思考が飛んじゃったわ。
えーと、『新年の夜会』って、いわば『未成年向け夜会』といった感じなので、主催者である王家のかたがたは本当に顔を出される程度だと聞いているし、学生の子女がいない高位貴族家もほとんど参加されない、王宮で開催されるわりにはかなりカジュアルな感じの夜会、らしい。
私は行ったことないから、実際のとこはわかんないけど。
だって、いままでの私なら、エスコートしてくれる男性の親族って言ったら……あのゲス野郎しかいなかったからね。もう死んでも願い下げだったわよ。ああ、また思考が悪いほうへ飛ぶ。
それでも、公爵さまがエスコートしてくださるのなら……うーん、そもそも私はそういう華やかな催しにはほとんど興味がないからねえ。だいたい、貴族令嬢同士のお茶会だって、私はまともに会話についていけないのに、夜会なんてハードルが高すぎる。
それに……私、踊れないのよ。
一応、学院でダンスの授業は受けてるけどね、小さい頃から練習をしているほかのご令嬢がたと比べると、もう惨憺たるレベルなの。及第点とれるかどうかも危うい状態だという。
エスコートしてくれる殿方と一緒に参加する夜会で、踊らないってあり得ないよね?
だけどお母さまは、すっかりその気になっちゃったらしい。
「公爵さまにお願いすれば、ルーディをエスコートしてくださるに違いないわ。そうそう、あの紺青色のお衣裳なら夜会にも着られるわよね? あの色は本当にルーディの美しさを引き立ててくれるんですもの。それに金色のストールを合わせることで、とっても華やかな雰囲気になっていたし」
お母さまの言葉に、当然のことながらツェルニック商会一行がぐわっとばかりに食いついた。
「あの紺青色のお衣裳であれば『新年の夜会』にお召しになるのは最適でございます!」
「実はあのお衣裳には新しい刺繍を施させていただこうと考えておりました! 襟元を中心に考えておりますので、ストールをおまといになられるよりいっそう華やかに仕上げさせていただきます!」
「ぜひ当日お着けになられる宝飾品を拝見させていただけないでしょうか! ご当家であればまず真珠だと思われますが、宝飾品との兼ね合いも意匠に関わりますので!」
な、なんかもう、言うことがめちゃくちゃ具体的だ。
そんでもってこれはもう、あの流れだ。私を置いてっちゃったまま決定事項になっちゃって、私には拒否権がないっていう……。
案の定、ツェルニック商会一行以上に、エグムンドさんがとんでもなくイイ笑顔でうなずいてる。
「すばらしいです。すでにお衣裳のご準備もすすめておいでなのですね。『新年の夜会』においてゲルトルードお嬢さまがそのお衣裳をお召しになることがすなわち、新しい刺繍のお披露目になると存じます」
その辺りのことも、明後日公爵さまとご面会させていただくさいに詳しくご相談させていただくことになりますが、必ずやお披露目を成功させましょうと、エグムンドさんは最高の笑顔で言い切った。
いよいよストックが尽きてまいりました。ようやく、夜会とかご令嬢っぽい話題になってきたのに(;^ω^)
しかも来週以降、ちょっと忙しい時期が続きます。自分に無理のない範囲で更新していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。