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没落伯爵令嬢は家族を養いたい  作者: ミコタにう


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77.私を置いていかないでよー

 驚いちゃってる私に、エグムンドさんが説明してくれた。

「多くの貴族家が、目新しいお料理を常に欲しがっておられます。目新しいお料理がどこかの夜会やお茶会で披露されると、こぞってそのレシピを買い求められるものです。我々商業ギルドを通じ、契約書を作成された上でレシピの販売をされる場合もありますが、貴族家同士で個人的にレシピの売買を行われることがほとんどです」

「えっと、それはつまり、購入を希望される貴族家の料理人に、販売される貴族家の料理人が口頭でレシピを伝える、ということですか?」

「はい、おっしゃる通りです」


 なんかもう、ホントにびっくりだ。

 料理のレシピってそうやって売買しちゃうんだ。

 そうか、つまりそうやって貴族家同士でやり取りして、貴族社会の間で新しいレシピが広まって、それから一般的になるっていうか、平民へも広がっていくのか……。


 私はエグムンドさんに、さらに訊いてみた。

「でも、このサンドイッチのように、一目見て作り方がわかってしまうようなお料理ですと、特にレシピの購入は必要ないのではありませんか?」

「それでも、です」

 エグムンドさんがきっぱりと言う。「貴族家の場合、どれだけ簡単なお料理であっても、それが新しく考案されたものである限り、レシピを購入せずに勝手に作ることは恥ずべきことだとお考えになるからでしょう。この『さんどいっち』というお料理も、披露されればおそらく多くの貴族家がレシピ購入のお申し込みをご当家にされると思います」


 うーん、本当にレシピの購入申込がくるんだろうか?

 私は念のためにもうひとつ、エグムンドさんに訊いてみた。

「こちらのサンドイッチはパンを薄く切って使っていますが、大きなパンが裕福さの象徴だと考えておられる貴族のかたがたには、そのことが受け入れられるものなのでしょうか?」

「まず問題ないと思います」

 エグムンドさんは大きくうなずいた。「それは確かに、中にはパンを薄く切って使うことへの忌避感があるかたも、多少はおられるかもしれません。それでも、この『さんどいっち』というお料理は非常に見栄えがいたします。作り方も一目でわかるので、多くの料理人がすぐ調理できるようになるでしょう。その上、本当に美味しいですから、むしろ非常に画期的なお料理だとお考えになられるかたも、大勢おられるはずです」


 本当に、貴族の間でも喜ばれそうなお料理なんだ、サンドイッチって。実際、公爵さまも近侍さんも、まったく気にしたようすもなく、むしゃむしゃ食べてくれちゃったもんね。


 そこで私は、やっと理解できた。

 マルゴがあんなにも感激してたのは、そうやって本来なら有料で貴族家へ販売されるレシピを、私が無料でいいよって言ったからだ。


 しかも、本来なら貴族社会から徐々に平民社会へと広がっていくはずの料理レシピを、いきなり平民の自分に買わせてほしいと言ってきたのだから、マルゴは一大決心をして私に伝えたに違いない。それを、タダで使っていいよって私が応えたんだから……さらにお祭りの屋台で売ってみようとかそういうアイディアまで出してあげてるんだもん、そりゃ感謝感激だよね。


 すっかりあっけにとられちゃってる私に、エグムンドさんが問いかけてきた。

「こちらの細長いパンの『さんどいっち』は、軍の携行食糧に採用したいと公爵さまがおっしゃられたそうですが、そのさいにレシピの販売についてのお話はなかったのですか?」

 言われて、私はやっぱりやっと理解した。

「公爵さまは、まず軍の上層部に話をもっていき、詳細は後日伝えるとおっしゃいました」

 つまり、上層部と相談して正式採用になったら、それに見合ったレシピ代を払うよって、『詳細』っていうのはそういうことだったのね? そのために、あの場ですぐ近侍さんが作り方を訊いてきた、そういうことよね?


 私の理解は合っていたようで、エグムンドさんもうなずいてくれた。

「そうでございましたか。では、後日正式なお話がおありなのでしょう」

 そう言ってからエグムンドさんは抜かりなく付け加える。「できますれば、そのさいに我々商業ギルドを通していただけると、非常にありがたいのですが」


 そうね、もうはっきり伝えておこう。

「明後日、公爵さまが我が家をご訪問される予定になっています。意匠登録のお話も詳しく聞きたいとおっしゃっておられましたので、エグムンドさんにも同席してもらえればと思っています」

「ご配慮、心より感謝申し上げます」

 深々と頭を下げたエグムンドさん、本日もう何度目の眼鏡キラーンだか。

 うーん、やっぱこの人って実はギルドの黒幕なのかも。


「すみません、その、意匠登録について確認をさせていただいてよろしいでしょうか」

 手を挙げて発言したのは若いほうのゲンダッツさんだ。

「ええ、どうぞ」

 私がうなずくと、彼は私とエグムンドさん、それにツェルニック商会一同を順に見てから口を開いた。

「では、今回の意匠登録に関してはまず、新しい刺繍の『手法』についての登録はしない。代わりに、ツェルニック商会さんから新しい刺繍の『図案』についての登録がある。それでよろしいでしょうか?」


 ゲンダッツさんズ、それにエグムンドさんとツェルニック商会一行の目が私に集まった。

 私はしっかりとうなずいてみせた。

「はい。それでいいと思います」

 けれど若いほうのゲンダッツさん、いや名前も知ってるんだから、ちゃんと名前で呼ぼう。ドルフ弁護士さんは、ちょっと眉を寄せてさらに問いかけてきた。

「公爵さまが異を唱えられるという可能性はございませんか?」


 うーん、どうだろう?

 そういうことに関して、無理を強いてくるような感じはしない人なんだけど……私がちょこっと思案している間に、お母さまが答えてくれちゃった。

「エクシュタイン公爵さまは、ゲルトルードの意思を尊重してくださると思いますわ」

 にこやかにお母さまは言う。「公爵さまが今回、後見人を申し出てくださったのも、利権に群がる人たちからゲルトルードを守るためだとまでおっしゃってくださって。ゲルトルードを本当に高く評価してくださっているからこそのお言葉だと思いますの」


 お、お母さま、だからそれはあくまでお母さまフィルターがかかった話で……と、私が焦って止めようとするより早く、エグムンドさんが声をあげた。

「すばらしい。実にすばらしいです。エクシュタイン公爵さまは、ゲルトルードお嬢さまを正しくご評価されていらっしゃるのですね」

「ええ、とても立派なかたですわ。そんなかたですから、わたくしも喜んで大切な娘の後見をお願いすることができましたのよ」


 だからエグムンドさんもお母さまもー!

 いや、公爵さまが私のナニをどう評価してくれちゃってるのかなんて、よくわかんないし!

 利権に群がるとか言われても、そんな御大層な利益が出るかどうかも、まだ全然わかんないし!


 でもドルフ弁護士さんもすっかり納得の顔をしちゃってる。

「では、私はツェルニック商会さんの、図案の意匠登録準備を進めさせていただきます」

「よろしくお願いいたします!」

 ツェルニック商会一行もとってもいいお返事だ。


 そんでもって、エグムンドさんはさくさくと話を進めていっちゃう。

「では私ども商業ギルドは、公爵さまにご利用いただけるかどうかはまだわかりませんが、こちらの細長いパンのレシピ売買契約書の準備をさせていただきます」

 エグムンドさんはさらっとドルフ弁護士さんにも確認してる。「ゲンダッツ弁護士事務所さんに売買契約の立ち合いをお願いしても?」

「もちろんです。よろしくお願いします」


 なんかすっかり、私を置いてっちゃう流れが定番化してきちゃってるような……。

 って、ダメぢゃん、今回は!

 だってマルゴとの約束があるんだから!

 ということで、私は気を取り直して声をあげた。

「あの、お伝えしておきたいことがあるんですけど」


今日はもう1話更新できそうです。

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