76.ほぼ試食会
「とっても美味しいわ。木苺と藍苺の酸味とクリームの甘みが本当によく合っていて」
お母さまはにっこにこでフルーツサンドをほおばっている。マルゴが追加で作ってくれた分の中に、木苺と藍苺を使ったサンドがあったんだ。
私もようやくホットドッグを口にすることができたんだけど、ソーセージがぷりっぷりで本当に美味しい。マルゴの作ってくれたトマトソースと粒辛子の味加減も絶妙だ。
だけど、私とお母さま以外は、誰もまだ食べてない。
どうぞ召し上がれって言ったのに、なんかみんなすっごい目がマジのまんまフルーツサンドとそれを包む蜜蝋布、それにホットドッグを見つめてる。
ええと、公爵さまだって平気でむしゃむしゃ食べてくれちゃったんだから、薄く切ったパンがダメとか、そんなことないよね?
最初に手を伸ばしたのは、意外にも若いゲンダッツさんだった。
「これを軍の携行食糧に、ですか……」
若いゲンダッツさんはかごからホットドッグをひとつ取り出し、いま食べている最中の私に遠慮がちに視線を送ってきた。
私はその視線に応えるように、にっこりと笑う。
「ちょっとお行儀が悪いのですけれど、こうやってリールの皮をずらしながら食べていくと、手を汚さずに片手で食べられます。その点が特に携行食糧に向いていると、公爵さまはお考えのようでした」
「なるほど」
うなずいた若いゲンダッツさんが、私の真似をしてリールの皮を少しずらし、ホットドッグにぱくりとかぶりついた。
そのとたん、ゲンダッツさんの目がちょっと見開き、そのままもぐもぐと咀嚼する。
「これは、なんとも美味いですね」
若いゲンダッツさんのようすを見ていたクラウスも、ホットドッグを手に取って同じようにかぶりつく。
「本当だ、すごく美味しい」
クラウスの緑の目も丸くなった。「それに、パンにソーセージがまるごと1本というのは食べ応えがあっていいですね。兵士も喜びそうだ」
そう言うクラウスの横では、いつの間に手に取ったのかエグムンドさんもホットドッグを食べている。それも、なんだか真剣な顔で、噛みしめるようにして。
「それでは私は、こちらをいただいてみましょうかな」
おじいちゃんゲンダッツさんは、フルーツサンドに手を伸ばした。黄と紅の葡萄柚をサンドしたヤツだ。白地にミントグリーンのストライプ柄の蜜蝋布に包まれていて、おじいちゃんゲンダッツさんは興味深そうに、まずその布の様子を確認している。
そんなおじいちゃんゲンダッツさんに、お母さまが声をかけた。
「小父さま、この布は手で温めながら形を整えると、好きな形のまま固めることができますのよ。こうやって包んでおけば、クリームがあふれても手を汚さずに食べられます」
「手で温めながら……おお、本当ですな、これはおもしろい」
おじいちゃんゲンダッツさんはストライプ柄の蜜蝋布の端を折りたたみ、中のフルーツサンドの角が見えるように出してきた。そしておもむろに、その角にかぶりつく。
「これは……ふむ、果実とクリームの味わいがなんとも……」
もぐもぐと咀嚼して飲みこみ、おじいちゃんゲンダッツさんは笑顔で二口目にかぶりついた。
そして、フルーツサンドというか、それを包む蜜蝋布を凝視していたツェルニック商会一行も、ついに手を伸ばした。
3人そろってフルーツサンドを包んでいる蜜蝋布を丁寧に撫でまわして感触を確認し、ロベルト兄なんぞはサンドじゃなくて布の匂いをしきりに嗅いでいる。
蜜蝋布って言っちゃうと、何を使って加工しているのかが丸わかりなので、とりあえず蜜蝋布とは呼ばないようにって公爵さまからは注意されてたから、私もお母さまも口にしなかったんだけどね。たぶん匂いでわかっちゃうだろうな。シエラが作ってくれたばかりの蜜蝋布だから、蜜蝋の甘い匂いも強く残ってるし。
蜜蝋で加工したことに気がついたのかどうなのか、じっくり布の確認をしていたツェルニック商会一行が、ようやくフルーツサンドを口にした。
とたんに、3人とも目を丸くしてる。
「これは……なんとも美味な」
「クリームの甘さが果実でさっぱりと味わえて、いくらでも食べられそうです」
「見た目がこれだけ華やかで、しかもこんなに美味しいとは」
そこからは、きっちり試食会になった。
みんなそれぞれ、ホットドッグとフルーツサンドを手にこれが美味しい、いやこっちもいける、なんて口々に言ってる。
うん、やっぱりみんな、パンを薄く切って使っていることに抵抗感はないみたい。
全員が一通り食べたところで、私はまた口を開いた。
「このパンを薄く切ったサンドイッチは、具材にベーコンや卵、野菜などを使うと手軽な食事にもなるのですよ。我が家では朝食として食べています」
それからヨーゼフに顔を向けると、すっと新しい蜜蝋布とカップを私の前に置いてくれる。やっぱ我が家の使用人ってホントに優秀。
「こちらの布は、このようにして」
私は説明しながら蜜蝋布をカップに被せた。「手で温めながら形を作っていくと、ぴったりとくっついてふたになります」
ピンキング鋏でギザギザにカットされた丸い蜜蝋布を、きゅっきゅっとカップの縁に沿って押さえ、私はぴったりとふたをしたカップを持ち上げて逆さまにしてみせる。とたんに、どよめきが起きた。
「大きめに用意したこの布で野菜や果物を包んでおくと乾燥しにくいので、保存にも向いています。パンもパサパサしにくくなりますし、ジャムを入れた瓶のふたなどにも使えます。また手で温めれば簡単に開けられますし、汚れても水洗いできるので、繰り返し使えますよ」
やっぱりテレビショッピングだなーと思いながら、私はにこやかに説明した。
そこで、エグムンドさんが軽く手を挙げ問いかけてきた。
「こちらの布の意匠登録をご希望でございますか?」
「公爵さまはそのようにお考えのようなのですが」
私はちょっと首をかしげてみせる。「先ほどのエグムンドさんのお話を聞いて、この布も登録せずに広く使ってもらうほうがいいのでは、と私は思いました」
「なるほど」
エグムンドさんてば、また眼鏡キラーンになってる。
私は苦笑気味に言ってしまう。
「それに、この布は本当に簡単に作れるのです。材料もすぐ手に入りますし、平民の家庭でもいくらでも作れると思いますよ」
「ふむ……」
なんだか考えこんじゃったエグムンドさんに、私はさらに言った。
「お料理に関しても、私はお料理が意匠登録できるのかどうかわからないのですが、とりあえずこのサンドイッチに関しては、登録はできないと思っています。だって、一目見れば誰でも作り方がわかりますものね」
「おっしゃる通りです」
エグムンドさんがすぐにうなずいた。「そもそも料理に関しては、よほど特殊なものでない限り、意匠登録はほぼできないものとお考えください」
やっぱりそうなんだなーと私が納得していると、エグムンドさんが問いかけてきた。
「ゲルトルードお嬢さまは、これらのお料理のレシピ販売については、どのようにお考えでございますか?」
「レシピ販売というのは、本にして販売するということですか?」
お料理本とか売ってんのかしら、と私は当たり前に問い返したんだけど、エグムンドさんの眉が上がった。
「本にして? 紙に記載したレシピを販売されるのですか? それに、ゲルトルードお嬢さまは、本にできるほど多くのレシピをお持ちなのでしょうか?」
今度は私の眉が上がっちゃう。
「紙に記載と言うか……レシピを本で販売するのは珍しいことなのですか? どの程度のレシピ数があれば本にできるのか、わたくしはよくわからないのですけれど……」
「レシピの場合、通常の販売方法は、代金を支払った相手に口頭で伝えるというものです」
エグムンドさんの言葉に、私はさらに目を見開いちゃった。そんな、なんて言うか、あいまいな形で販売できちゃうんだ?





