8.まだまだあるのよ大問題
食事を終えたアデルリーナを部屋へ連れていき、カールが用意しておいてくれたお風呂に入れてあげて、ベッドに寝かしつける。
本来、こういうことは侍女に丸投げしちゃうのが貴族のやり方なんだけど、いま我が家にはナリッサしか侍女がいないから、私も一緒に妹の世話をしてるのよね。そもそも1人じゃ着替えもできないのよ、貴族女性のドレスって基本的に1人じゃ脱ぎ着ができない構造になってるんだもの。
でも、私が身の回りの世話をしてあげることを、アデルリーナは申し訳なさそうにしながらも、すごく嬉しそうにしてくれちゃってるの。お姉さまとお話しできる機会が増えた、って。
いままでは同じ邸内で暮らす姉妹とはいえ、部屋は完全に別々でしかもバカでかい建物の端と端、アデルリーナは常に何人もの侍女に囲まれて暮らしてた。
それに私たち姉妹は歳が少し離れているので、学院に入学するまでの家庭学習でも一緒に勉強する機会がほとんどなかったし。歳が近いと一緒に子ども部屋で勉強したり食事をしたりもできたんだけどね。
おまけにあのゲス野郎は、私が妹に近づくことをとことん嫌がった。反抗的な長女の私が、自分の手駒に使えそうな美少女の次女に変なことを吹き込まないか警戒してたんだと思う。
そんな状況でよく、このかわいいかわいいアデルリーナがお姉さまである私を慕ってくれるようになってくれたと思わずにいられない。
たぶん、アデルリーナにはお母さまがいろいろ、私のことをいい感じに話してくれていたんだと思うのよね。お母さまは自分が一人娘だというせいもあって、せっかく姉妹に生まれた私たちが仲良くできていない状況をすごく悲しんでたもの。
それがいまは、私とアデルリーナは同じ部屋で寝起きしている。使用人激減の影響と引越し準備のため、使う部屋を最低限まで減らしてるのでね。
そのことをアデルリーナは喜んでくれてる。我が家が緊急事態にあることも察しているから、遠慮がちにふるまっているところがまた、かわいくてかわいいのがかわいい(以下略)。
ちなみにお母さまも続き間になっているとなりの部屋を使っていて、ナリッサと私の2人で部屋を行き来しながら、お母さまの身の回りの世話もしてる。
そりゃもう、ナリッサがどれだけスーパー有能な侍女であっても、1人で貴族女性3人のお世話は無理だから。だって、もともとお母さまには専属の侍女が3人、アデルリーナには2人ついてたんだよ。
私は諸々の事情があって3年前からずっと専属侍女はナリッサ1人だけだったし、ナリッサが専属侍女になってくれる前は、何年も専属侍女がいなかった。あのゲス野郎の嫌がらせでね。だから私は、自分1人でも結構身の回りのことができるようになっちゃってたっていう。
ゲス野郎の嫌がらせもちょっとは役に立ったって……いや、そんなこと思うだけでムカつくから絶対思わないけど。
とりあえず、新しいタウンハウスに引っ越したら、少なくとも1人、できたら2人、侍女を雇いたい。それに料理人も必要だし。カールには本来、ほかにしてもらうことがいっぱいある。
それにやっぱ男手が、まだ少年のカールとおじいちゃん執事のヨーゼフの2人だけっていうのも不安っちゃあ不安だしね、従僕も1人入れるかなあ。馬車を買うなら当然御者も必要になるし……庭師は通いでもよさそうだけど……その辺も悩ましいとこだわ。
それにつけても貴族の暮らしって、お金がかかるわー。
どうやらゲットできそうになってる引越し先のタウンハウスも、いまのこのタウンハウスとは比べものにならないくらい小さいんだけど、そんでも日本人感覚でいうとタワーマンションのワンフロアをまるごとってくらいの感じだからね。じゅーぶん豪邸だって。
今世の私は貴族令嬢として16年生きてきたとはいえ、前世の私はまるっきり庶民の日本人だから、母娘3人なら3LDKくらいのお家でも贅沢だとか思っちゃうし、食事だってなんなら私が毎日作って3人で慎ましく暮らせればいいのに、って思っちゃうんだけど。
でもお母さまは、地方男爵家とはいえ生まれも育ちも貴族の純粋培養お嬢さま。どう考えても貴族の暮らししかできないでしょ。アデルリーナだって、せっかく貴族の家に生まれたんだから、ちゃんと貴族の暮らしをさせてあげたい。
だいたい、お母さまは美しすぎるしアデルリーナはかわいすぎるのよ。街で平民の暮らしなんか始めたら、もう秒で悪い虫がつきまくりそうなんだもん。
ただ、貴族の暮らしを維持していくには、お金の問題以外にも、ものすっごい大問題もある。
つまり、私たちが今後もずっと伯爵家の一員であることを認められるには、私が結婚しなきゃいけないってことなのよ。それも、22歳になるまでに。
ホンット、ワケわかんないんだけど、22歳までに私が結婚しなかった場合は、私というか私が産んだ子どもが、伯爵位を継承する権利を失っちゃうんだ。
同時に、お母さまもアデルリーナも伯爵家の称号を失う。
我が国では、こんなことが本当に明文化され法律になってんのよ。ここ数日、学院の図書館で必死になって調べた結果がこれ。
22歳までに私が結婚すれば、私の配偶者が『クルゼライヒ伯爵』になるんだけど、正確にいうと伯爵位の継承権はやっぱり長女である私にあって、私が産んだ子どもにその継承権が引き継がれることになるの。
配偶者は私の夫である限りクルゼライヒ伯爵を名乗ることができるけど、あくまで子どもに爵位を譲るまでのピンチヒッター的な扱いなのよね。
これってたぶん、貴族の固有魔力が母親に由来することが多いからなんだろうな。その割には女性の扱いが雑だと思わずにいられないけどねえ。
で、私が22歳までに結婚しなかった場合は、私が伯爵位を放棄したとみなされ、伯爵位は国に返上されることになる。その後、国というか国王陛下が選んだ誰かに、新たに伯爵位が授けられるって流れになってる。
この場合、慣例的に、爵位を返上した一家の縁戚関係にある男性が選ばれることが多いらしい。
それでね、なんかそれに該当する、私たちが顔も知らない遠い親戚が、ウチにもいるらしいのよ。あのゲス野郎のまたいとこの息子みたいなのが。
いやもう正直に、どんだけ遠かろうがあのゲス野郎の血縁者には、伯爵位をくれてやりたくなんかないって気持ちしかない。
さらに、5年後にはアデルリーナが中央学院へ入学するんだけど、そっちも問題があるのよね。
私が22歳になるまであと6年あるから、5年後の入学時点では、アデルリーナは確実に『伯爵令嬢』としての扱いになる。
でもアデルリーナの在学中に私が伯爵位継承権を失ってしまったら、アデルリーナは伯爵令嬢の称号を失って名誉貴族になっちゃうので、貴族の中でのランクは一気に下げられることになっちゃう。
ちなみに、クルゼライヒっていうのは伯爵としての称号であり領地の名前でもあるんだよね。だから私たちの苗字は別にあって、私のフルネームはクルゼライヒ伯爵家令嬢ゲルトルード・フォン・ダ・オルデベルグっていう長ったらしいものだったりする。
フォンは貴族であることの称号で、ダは女性を示す冠詞、かな?
名誉貴族になるとフォン・ダはそのままだけど、クルゼライヒ伯爵家を名乗ることができなくなっちゃうってわけ。
いや、すでに領地であるクルゼライヒ領は借金の形に取られちゃってるから、正確にいうと私たちはもう『クルゼライヒ伯爵家』じゃないんだけどね、なんか正式に伯爵位を返上するまでは便宜的に『クルゼライヒ伯爵家』を名乗っていいらしいの。
でも、もし私が結婚してその配偶者が爵位を継ぐことになったら、領地がないのに『クルゼライヒ伯爵家』になるの? っていうその辺、学院図書館で調べたんだけど、よくわかんなかったわ……調べる時間もいまはあんまりないし。
いずれにせよ、領地もないし爵位もないっていう名誉貴族は、間違いなく最下位なのね。そんでもって、貴族間での上下関係ってかなりシビアなんだわ。
だから、名誉貴族になっちゃったら、このかわいいかわいい素直で天使のようなアデルリーナが、貴族社会の中で差別されたりいじめられたりなんてことが……ダメ、絶対ダメ!
ちなみに、私が22歳までに結婚してもしなくても、次女のアデルリーナには伯爵位継承権はまったくない。権利をアデルリーナに譲ることもできないっていうのがもう。
かわいいかわいいアデルリーナのためにも伯爵位はキープしたい。
それに、貴族以外の暮らしができるとは思えないお母さまのためにも、やっぱり伯爵位はキープしたい。
もひとつおまけにあのゲス野郎の血縁者になんか伯爵位をくれてやりたくない。
ああもう、これだけ伯爵位を手放しちゃダメな理由がそろってるのに、私は自分が結婚できる未来がまったく想像できないの。
自慢じゃないけど私、前世でも男運は最悪だったんだもの。