70.ちょっといいこと思いついたかも
なんだか、わかったんだかわかってないんだか、頭の上にまだクエスチョンマークを飛ばしてるようなフリッツに、私は笑いながら説明を加えることにした。
「最初に焼いてもらった、薄く切って使うパンはこうやって食べたのよ」
包んである布巾を外すと、中からフルーツサンドが出てきた。
すぐにマルゴが包丁を取り出し、ひとつ切ってその切り口をフリッツに見せてくれる。
「これはおやつにするために、クリームや果物をはさんだの。ハムやチーズや野菜なんかをはさめば、手軽に食べられる食事にもなるわよ」
丸くなったフリッツの目が、一気に真剣になった。こういうところはホント、さすが職人というか、料理人って感じなのよね。
「詳しい作り方は、マルゴに訊けばいいと思うわ。いろんな具材をはさんで、いろんな味を楽しめるのよ。ただ、作るのにちょっと手間がかかるのと、崩れやすいので気軽に持ち帰りをするのは難しいかなということで、こっちの細長いパンにソーセージっていうほうも試してみたの」
私が手に取ったホットドッグを、フリッツが本当に真剣な目で見ている。
「これなら、ソーセージを丸ごと1本はさむだけだし、こうやってリールの皮を巻いておけば、かごにもどんどん放り込めるでしょ。食べるときも、リールの皮を少しずらすだけで食べられるから、とっても手軽だと思うのよ」
フリッツが、真剣な顔のままうなずく。
そのフリッツの頭を、またマルゴがはたいた。
「わかったかい。こんなに手軽でしかも美味しいお料理を、ゲルトルードお嬢さまは、お前たちが売ってもいいとおっしゃってくだすってるんだ」
「母さん」
本当に真剣な顔でフリッツが言った。「これ、めちゃくちゃ売れると思う」
「あたしもそう思うよ。だから、ゲルトルードお嬢さまに一生感謝しろって言ってるんだ」
ガバッと、フリッツが勢いよく腰を折った。
「ありがとうございます、ゲルトルードお嬢さま! 本当にありがとうございます!」
そしてまた勢いよく頭を上げたフリッツが、せわしなく言う。
「母さん、この細長いパン、ちょっと余分に焼いといたんだ、店に残ってるから、すぐ帰って兄さんと作ってみる。味付けに使ったの、母さんのトマトソースだよね? ソーセージはいつもの蒸し焼きでいいかな?」
「ああ、その通りだよ、帰ってヘルマンと作ってみるといいよ」
マルゴが答えたので、私はすぐ待ったをかけた。
「あ、でも、実際に売り出すのは、少し待ってほしいの」
パッと、フリッツとマルゴが私に顔を向ける。
私は2人を落ち着かせるように言った。
「さっき言ったように、公爵さまもこのお料理にご興味をお持ちなの。もしかしたら何か、さらに言ってこられるかもしれないわ。軍の携行食糧にするっていう話についても、もう少し詳しくお伺いしておいたほうがいいと思うし……明後日、また公爵さまがいらっしゃるから、そのとき詳しくお話をしておきます。それまで売り出しは待ってちょうだい」
「かしこまりました」
すぐにマルゴが答えた。「正式にご許可をいただくまで、売り出しは控えますです」
そしてマルゴはフリッツの肩をたたく。
「いいね? ゲルトルードお嬢さまから正式にお話があるまでは、売っちゃあダメだ」
「うん、わかった」
素直にフリッツがうなずく。けれど、その顔をまた私に向けた。
「でも、あの、ゲルトルードお嬢さま、オレたちが試しに作ってみるのは……」
「それは構わないわ」
私はにっこり笑ってうなずいた。「ソーセージ以外の具材を挟んでみたり、味付けやソーセージの種類を変えてみたり、いろいろ試してもらって結構よ」
「ありがとうございます!」
そしてフリッツは帰っていった。
嵐のようにやってきて嵐のように去っていった息子に、マルゴはすっかり身を縮めてる。
「まったくもって申し訳ございませんでした。本当に礼儀知らずで落ち着きのない子で……兄のほうは、もう少し落ち着きがあるんでございますが」
「あら、いい息子じゃない、明るいし愛想もいいし」
私はくすくす笑いながら言ってしまった。「ああいう人柄なら、客商売に向いているでしょうね。フリッツが元気よく売ってくれたら、このパンもよく売れると思うわ」
「はあ、ありがとうございます、ゲルトルードお嬢さま」
礼を言いながらもげんなりしちゃってるマルゴに、私はさらに言ってあげた。
「あら、私は本気で言ってるのよ。だって、公爵さまが軍の携行食糧にしたいっておっしゃったほどなんだから、このソーセージのパンは特に若い男性に好まれると思うの。フリッツみたいに明るい人が元気に売っていたら、きっと街の男の人たちも買いやすいと思うわ」
「さ、さようでございますか?」
マルゴが目をぱちくりさせてるので、私はまた笑ってしまった。
「ええ、そう思うわ。そうね、ただ店頭に並べて売るだけじゃなく、何か売り方も考えたほうがいいかもしれないわね」
「売り方、で、ございますか?」
やっぱりマルゴは目をぱちくりさせてる。
「そうよ。マルゴの息子のお店では、その場で食べられるだけの広さがないっていう話だったけど……そうだわ、新年のお祭りのときに、広場に屋台を出すっていうのはどう? おやつや飲み物の屋台だけじゃなく、串焼きなんかの屋台も出るんでしょ? このソーセージのパンを屋台で売り出せば、すごく売れるんじゃないかしら?」
ハッとばかりにマルゴの目が見開いた。
「ゲルトルードお嬢さま、それは確かに……」
「ね? 屋台だとさすがに焼き立てのパンは無理でも、ソーセージはその場で蒸し焼きにしてアツアツの状態で売り出せば、絶対売れると思うわ」
「ええ、アツアツでも、リールの皮で巻いて売れば片手でも食べられますし」
「そうそう。手も汚さずに済むし、子どもでも食べやすいわ。それに、お祭りで話題になれば、その後フリッツたちのお店で売ってもすぐ人が集まると思うの」
「すばらしいです、ゲルトルードお嬢さま!」
両手を胸の前で組み合わせたマルゴは、もう踊り出しそうな雰囲気だ。
「でもマルゴ、これについても、事前に公爵さまに相談が必要だと思うのよ」
私がまた落ち着かせるように言うと、マルゴはまたハッとしたように私を見る。
「あ、ああ、ええ、さようにございますね……」
「実はね、公爵さまがわたくしの後見人になってくださることになったの。それで今後、公爵さまがいろいろと援助してくださることになったのだけれど」
私はちょっと苦笑してしまう。「その分、公爵さまに事前に相談しなければならないことが増えていくと思うわ」
「そうでございましたか……」
私の説明になんだか複雑そうな表情を浮かべたマルゴに、私はいたずらっぽく言ってみた。
「だからねマルゴ、公爵さまを懐柔しようと思ってるのよ」
「懐柔、でございますか?」
「ええ。だって公爵さま、いまのところマルゴが作ってくれたお料理は、ごはんもおやつもすべてお気に召したようなんだもの。さらに美味しいものを召し上がっていただいて、それでこう、ね?」
「おや、それは」
マルゴの口元がゆるむ。「なかなか、よい考えでございますね」
私たちは目を見かわして、ふふふっと笑った。
「それでね、また新しいおやつを召し上がっていただけるよう、作ってもらいたいお料理があるの」
「はいはい、それはもう喜んでお手伝いいたしますです」
にんまりと笑うマルゴに、私はまたちょっと苦笑した。
「ただね、明後日また公爵さまがいらっしゃるまで、わたくしはしなければならないことがすごく多くて……レシピを書いて渡すので、それを見て試作してほしいのよ」
「かしこまりました。ではそのレシピを」
「ええ、待ってね、いま書くわ」
私は厨房に備え付けてある石板に、プリンのレシピをガリガリと書いていった。ついでにマヨネーズのレシピも書いておく。
「こちらが『甘い蒸し卵』よ。卵を混ぜるときは泡立てないように、そして目の細かいざるで濾すとなめらかになるの」
マルゴが食い入るように見つめているレシピに、私はちょっとしたコツも書き加えていく。
「それからこちらは、お食事のサンドイッチに使うと美味しい野菜用のソースよ。卵黄を加えることで、お酢と油をなめらかに混ぜ合わせることができるのよ。あと、残った卵白の使い道もちょっと書いておくわね」
そうやってマルゴにレシピの説明をしたところで、ハンスが勝手口から声をかけてきた。
「弁護士さんがお見えになりました! いま門を開けましたので、玄関を開けてください!」