68.対策会議……は始まらない
【100万PV】突破しました!
皆さま本当にありがとうございます!
私は玄関にお母さまと並んで、公爵さまを見送った。
公爵さまはこれからケールニヒ銀行へ行って、必要な我が家の蒐集品を受け取り、公爵邸にイケオジ商人ハウゼンさんを呼びつけるんだそうな。
ホント、いきなりいますぐ弁護士を呼べとか言ってないで、先にそっちを片づけといてくれればそれでいいのにとか思ったんだけど、イケオジ商人との駆け引きもあるんで、あんまりこっちが急いでるふうにはしたくないんだとか。
まあ、その件は公爵さまに丸投げしちゃったんで、よろしくお願いしますって感じだわ。
ということで、私はお母さまに向き直る。
「ではお母さま、これから対策会議を行いましょう」
「対策会議?」
きょとんと首をかしげてるお母さま、うーん、やっぱり貴族のお嬢さまで働いた経験もないとこんなもんか。
いや、私も貴族のお嬢さまで働いた経験はないんだけど、今世では。
と、いうのは、置いといて。
「はい。ゲンダッツさんにしてもクラウスにしても、昨日一通り事情を説明した手紙は送りましたが、また状況が変わりました。ゲンダッツさんには公爵さまがわたくしの後見人になってくださるその手続きをお願いしなければなりませんし、クラウスには意匠登録について問い合わせる必要があります」
「ええ、そうね」
うなずくお母さまに、私は続ける。
「けれど、ゲンダッツさんはこれまでに後見人手続きをされたことがあるのでしょうか。もし初めてなのであれば、弁護士といえども準備が必要でしょう。しかもお相手は公爵さまです。決して不備があってはなりません。事前に相談をしておくべきです」
ここでようやくお母さまの目が見開いた。
うん、ちょっと考えてもらえばわかることなんだけどね。
「それに、商業ギルドにはおそらく意匠登録の専門部署があると思います。クラウスには、意匠登録の専門職員を紹介してもらう必要があります。その上で、どのような手続きが必要なのか、これまたゲンダッツさんに相談しなければなりません。そしてやはり、ゲンダッツさんに意匠登録の経験がおありなのか、それも確認が必要です」
お母さまは半ば口を開き、それから大きく息を吐きだした。
「貴女の言う通りだわ、ルーディ。貴女はそのために、日にちを置いてほしいと公爵さまにお願いしたのね」
「そうです、お母さま」
私も思わず息を吐きだしちゃった。
ええ、世の中には『根回し』というものが存在するのです。その『根回し』をしておくか、しておかないかで、結果に大きく差が出ることが多々あるのです。
「本当は少なくとも3日くらいは欲しかったのですけれど……それでも、たった1日でも、準備期間がないよりはましだと思います」
うなずいてくれるお母さまに、私はさらに言う。
「それに、意匠登録についても話し合うのであれば、もう少し蜜蝋布を作っておく必要がありますし、さらに言えば布製品ですから、できれば事前にツェルニック商会と相談もしておきたいのです。そもそも、コード刺繍についてもツェルニック商会との事前相談は必要ですし。その上、おやつの約束もしてしまいましたから、マルゴと実際におやつの試作もしなければなりません。今日これからと明日1日で、しなければならないことが山のようにあります」
私の言葉に、お母さまは額に片手を当てて天を仰いでしまった。
私たちはまず、カールをお使いに出した。
ゲンダッツさんとクラウスに、明日の面会の約束をしたけれど、状況が変わったので、もし可能ならいますぐ我が家に来てほしいと伝えてもらうために。
そしてクラウスには、意匠登録について詳しい人をできるだけ早く紹介してほしいと伝えてもらうことにし、さらにはツェルニック商会へも回って、コード刺繍の試作品を、実際に手に取って見ることができるものを、1点でもいいから大至急用意してほしいと伝えてもらうことにした。
それから、シエラもお使いに出した。
シエラに訊いたところ、平民が自分の服をお直ししたり小物を作ったりするための端切れ屋さんが街にあるんだそうな。そこで、蜜蝋布に使えそうな端切れを見繕って買ってきてほしいと頼んだのよね。元お針子シエラ、さすがに嬉しそうに出かけて行った。
そして、お母さまとの意思確認。
とにかく引越しはできるだけ早めに済ませてしまうこと。
もうひとつ、いくら公爵さまが援助してくださることになったとはいえ、できる限り自分たちで自分たちの生活を支えていこうということ。
その2点について、私たちは確認しあった。
次は厨房だ。
新しいおやつ、プリンの試作についてマルゴと相談しておかなきゃならない。あと、サンドイッチ用にマヨネーズも作りたいんだよね。とりあえず卵が大量に必要だわ。
などと考えながら、お母さまと一緒に厨房へ向かう。
その厨房の扉の前に、ワゴンに手を置いたナリッサと、アデルリーナが立っていた。
ナリッサはわかる。客間で使用した茶器やお皿を厨房へ持ってきてくれたんだから。でも、そのナリッサに、リーナが困ったような顔で話しかけているっていうのは?
「どうしたの、リーナ?」
「ルーディお姉さま、お母さまも!」
声をかけたとたん、アデルリーナはホッとしたようにこちらへ駆けてきた。
「あの、マルゴにお客さまが来ているのです」
「マルゴに?」
えっと、マルゴにお客さんって、なんだろ、業者さんからの売り込み?
厨房というか、お勝手には結構商人が出入りする。だいたいは、買った食材や備品の配達なんだけど、それらを新たに売り込みに来る業者もやってきたりする。彼らは料理人に自分の商品を売り込み、料理人が気に入れば邸の主に話をもってくる。
厨房へ入り、お勝手口のほうへ向かうと、マルゴの声が聞こえてきた。
「まったく、何を考えてるんだい! 断りもなくいきなり押しかけてきちまうだなんて!」
「いや、そこはやっぱ、気になるからさあ」
マルゴの声のほかに、男性の声。
てか、これ業者じゃないよね、なんかマルゴがよく知ってる相手っぽい。
「マルゴ、お客さまかしら?」
私が声をかけると、マルゴの大きな体が跳ね上がるかのように反応した。
「あっ、えっ、ゲルトルードお嬢さま!」
こちらに振り向いたマルゴの大きな体の向こうに、さらに大きな体の青年が立っていた。
あー……一目でわかっちゃった。
この人、マルゴの息子だ。





