67.嵌められた気がしないでもない
なんかもう、私自身はびっくりしちゃってうろたえちゃってるのに、お母さまも公爵さまも大マジな話らしい。
お母さまは公爵さまの返答を受け、さらに背筋を伸ばして言った。
「では、わたくしがお願いすることはひとつだけです。エクシュタイン公爵さま、どうか娘の、ゲルトルードの意に添わぬ結婚だけは、お求めにならないでくださいませ」
ハッと、私はお母さまを見た。
お母さまはまっすぐに公爵さまを見据え、さらに言った。
「もし、そのために、わたくしたちが爵位を失うことになろうとも構いません。次女のアデルリーナも納得してくれるでしょう」
「お母さま……!」
思わず声をあげてしまった私に、お母さまはにっこりとほほ笑みかけてくれる。
「ルーディ、わたくしは、貴女が望む通りに生きてくれることだけを願います。地位などなくても、わたくしは貴女が貴女らしくいてくれるだけで幸せよ」
泣く。
泣いちゃうよ、お母さま……!
私は、何か言わなくちゃと思うのに言葉が出なくて、ただただ唇が震えた。
「約束しよう」
公爵さまの声が聞こえる。「私はゲルトルード嬢が望まぬ結婚は求めぬ。その上で生涯、ゲルトルード嬢を援助しよう」
「ありがとうございます、エクシュタイン公爵さま」
お母さまが立ち上がって最上級の礼をした。
って、待って、この状態で、私、断れる?
お母さまの気持ちは本当に本当に嬉しい。私のために爵位すら失って構わないって……ご自分がつらい思いをされたからっていうのも、もちろんあるだろうけど、私の意思を尊重するって、なかなか言えないことだと思うのよ。
でも、こうなっちゃうともう絶対、公爵さまに私の後見人になってもらう以外、選択肢なんてないよね?
いや、別にいいとは思うのよ、この公爵さま悪い人じゃなさそうだし、それなりにちゃんと考えてくれてるみたいだし? 後見人になってもらうっていうか、エクシュタイン派閥に入っちゃっても。
でもなんていうか、すっかり流れが出来上がっちゃって、気がついたらそこに乗せられちゃってるっていうこの展開が、どうなのよっていう。
ホンットにきっちり流れができちゃってて、みんな完全に『待ち』の態勢だ。
公爵さまはドンと来いとばかりに悠然と胸を張って私を見てるし、お母さまも温かな笑みを浮かべて私を見守ってる。シエラはなんかもううるうるしちゃってるし、ナリッサの笑顔が怖くない。イケメンなだけじゃない近侍さんの笑顔は相変わらずうさん臭いけど。
わかった、わかりましたよ、わかりましたってば。
いくらなんでも、ここでこの流れをぶった切れるほどの図太さは私にはない。若干、嵌められちゃった気がしないでもないけど、ねえ?
私は立ち上がり、お母さまに倣って最上級の礼をする以外、できることはなかった。
「よろしくお願い申し上げます、エクシュタイン公爵さま」
そこからはもう、サクサクと話が進んだ。
お母さまは完全に公爵さまを信用しちゃったらしい。公爵さまが進めていく話にほぼ無条件でうなずいちゃってる。
おかげで、サクサク進み過ぎだ。私は慌てて待ったをかけてしまった。
「公爵さま、せめて数日、日を置いていただけませんか?」
「なぜだ?」
眉間にシワを寄せて問い返す公爵さまに私は、あーやっぱ生まれたときからずっと人に命令する立場にしか居たことがないヤツってこんなもんよね、と思っちゃう。
自分が命じれば、誰でも命じた通りにものごとを進めるのが当然だとしか、思ってないんだよね。命じられたほうに、どれほどの負担が生じるのかなんて考えたこともないんだわ。
だから私は、にっこりと笑みを浮かべて言った。
「公爵さまがわたくしたちのために、迅速に問題を解決しようとご尽力くださっていることには、心から感謝しております」
そこで私はいったん言葉を切り、さらに続けた。「ただ、正直に申し上げまして、昨日からあまりにも状況の変化が速すぎて、わたくしは少々困惑しているのです。今後の身の振り方についても、自分でもう少し考えたいこともございますし、家族と相談したいこともございます。そのためのお時間を、少しばかりいただけると本当に助かるのですが、いかがでしょうか?」
「ふむ」
公爵さまはわずかに眉を上げて私を見てる。
私はもう一押しすることにした。
「それに、実はほかにも新しいおやつを考えておりまして。我が家の料理人と相談して試作する時間が欲しいのです。そうすればまた、新しいおやつを公爵さまにも召し上がっていただけると存じます」
「なるほど。相分かった」
公爵さまが大きくうなずいた。「では、2日後でどうだろうか。明後日、弁護士や商業ギルド職員と、このタウンハウスで面会させてもらおう」
早ぇぇよ!
私は顔がひきつりそうになるのを、必死に堪えた。
明後日でも早すぎるけど、そんでもついさっき『いますぐ弁護士を呼べ』って言ってたのに比べりゃ、少しは時間が稼げたよね。ゲンダッツさんやクラウスと相談することも、なんとかできそうだわ。おやつも、プリンを作っちゃえば大丈夫よね?
私は笑顔を浮かべてうなずいた。
「ご配慮いただいてありがとうございます、公爵さま。では明後日に」
ああもう、今日は笑顔をがんばりすぎて顔が痛いわ。
そんでも、いいこともあったのよ。
このタウンハウスにあるものは何でも、好きに持ち出していいって公爵さまが言ってくれたの。なんかもうむしろ、なんでそんなことを訊いてくるんだって感じだったけど。
でもおかげで、魔石もリネン類も持ち出し放題だわ、ひゃっほう!
ついでにカーテンやじゅうたんも、予備にできそうなのは持ち出しちゃうぜー。銀食器や厨房の備品もいくつか持ち出しちゃおう。
ただし、引越し先のタウンハウスについては、後日公爵さまが直接確認したいと、また面倒なことを言ってきたんだけどね。
まあ、後見人なんだからしょうがないか。
これも、いろいろがんばって『後日』にしたんだけどさ……でもこれで、これから当分の間、公爵さまと顔を突き合わせる日々が続くの、確定よね……。
いや、悪い人ではないと思うのよ、悪い人では。ただちょっと面倒くさいというか残念というか……あー、うん、本音が漏れないよう気を付けよう。
感想やコメント、ありがとうございます!
ただ、時間的にあまり余裕がなく、せっかく書いてくださった感やコメントにすぐ返信することが難しくなっています。どうか気長にお待ちくださいますよう、お願いいたします。





