66.とんでもなく話が大きくなってきた
日間恋愛異世界転生/転移ランキング【1位】をいただきました!
皆さま、本当にありがとうございます!
と、幸せな気持ちでお母さまと笑いあっていたら、テーブルの向こうから視線を感じた。
私は即座に『失敗した』と思った。ここでこの話をしちゃいけなかった。
だってね、目の前に座ってるおっさんたち、げふんげふん、公爵さまと近侍さんの目つきがね、もうめっちゃ雄弁に語ってくれちゃってたのよ。『オレたちも参加させろ!』って。
いや、公爵さまのほうはそれでも控えめな感じなんだけど、近侍さんがねー……もうソレ隠す気もないでしょってくらいあからさまなんだもんね。
「いいですね、このパン……『さんどいっち』というのですか? これをたくさんかごに詰めてピクニックに行こうだなんて、すばらしい考えです。このさいですから近日中にいかがでしょう、秋の森もなかなか趣がありますよ。ねえ、閣下?」
にこやか~に近侍さんが公爵さまに話を振ると、公爵さまは一瞬視線を泳がせてから、控えめにうなずいた。
「そうだな。紅葉に染まる森も、なかなかいいのではないだろうか」
私はお母さまと、ちらっと視線を交わしちゃう。
いや、そこは遠慮してよ、母娘3人水入らずだから楽しいピクニックなんだってば。そんなに、そんっなに、サンドイッチ食べたいの?
そう思ってたら、近侍さんが奥の手を出してきた。
「そうそう、王宮の西側の森はご存じですか? あそこは王家の直轄地なんですが、栗林があるんですよ。エクシュタイン公爵家は直轄地にも入れますので、よろしければご一緒に栗拾いはいかがでしょう? 秋のピクニックには最適ですよ」
栗拾い!
栗! モンブランだよ! 渋皮煮だよ! 栗ご飯……は無理でも、マルゴなら絶対美味しいごはんやおやつを作ってくれるはず!
横を見ると、お母さまの目もカッと開いてる。
ええ、栗ですものね、栗!
サッと目を見かわすお母さまと私。
ここはお誘いを受けるべき? だって栗よ、栗! しかも王家の直轄地なら、出入りできる人も限られているはず。ほぼ採り放題でOKじゃない?
0.2秒でお互いの意思を確認しあった私たち母娘が、お誘いを承諾しようとしたそのとき、公爵さまが口を開いた。
「アーティバルト、先走りすぎだ」
ため息をこぼした公爵さまはその口をナプキンで拭い、ゆったりと優雅なしぐさで脚を組み替えた。
「申し訳ございません、閣下」
サッと、近侍さんが頭を下げて身を引く。
うん、拭う前の公爵さまのお口の周りにホイップクリームがついちゃってたのは見なかったことにします。
「まずは、目の前の問題を片づける必要がある」
公爵さまはそう言って私たちに向き合った。「もちろん、楽しいことに心奪われるのは決して悪いことではない。だからこそ、面倒なことは先に済ませてしまうほうがよいだろう」
はい、おっしゃる通りでございます。
私とお母さまは、そろってしょぼんと頭を下げてしまった。
それから私たちは我が家の蒐集品目録を広げ、どの品をハウゼン商会に渡すかの相談をした。
っていうか、ぶっちゃけ公爵さまによさげな品を数点選んでもらい、それに対して私たちは承諾するだけだったんだけど。
「この品であれば、ハウゼン商会も納得するだろう」
公爵さまは、その場でお母さまが書いた委任状を確認し、近侍さんに渡した。その委任状を持ってケールニヒ銀行へ行き、該当する品を持ち出してもらうことになる。
「公爵さま」
お母さまが姿勢を正して声をあげた。「このたびは『クルゼライヒの真珠』を買い戻すその代金も、公爵さまがお支払いしてくださると娘から聞きました」
わずかに眉を上げてうなずく公爵さまに、お母さまはさらに言った。
「わたくしたち母娘は貴族の常識に疎いのかもしれません。それでも、これまでたいしたお付き合いもなかったかたに、これほどの援助をしていただくことを、わたくしたちは心苦しく感じてしまうのです。わたくしたちは、どのようにこのご恩をお返しすればよいのでしょうか?」
まっすぐに見つめ問いかけたお母さまから、公爵さまは一瞬だけ視線を落とした。でもすぐにお母さまを見据え、また少しばかり眉間のシワを深くして公爵さまは言った。
「恩を返したいと思ってもらえるのならば、私をゲルトルード嬢の正式な後見人にしていただきたい」
私は思わず目を見張り、お母さまと顔を見合わせてしまった。お母さまも驚いたように目が丸くなってる。
「それでは公爵さまにご負担いただくばかりで、わたくしたちがご恩を返すことにはならないと思うのですが」
いや、おかしいよね?
なんでそんなにこの人、私の後見人になりたいの?
やっぱり思わず問いかけてしまった私に、公爵さまはちょっと渋い顔をした。そしてわずかにためらった後、口を開いてくれた。
「貴女がたには率直に話したほうがよさそうなので、言わせてもらうが……ゲルトルード嬢、きみはかなり危うい」
「は、い?」
これまた思わず間抜けな声をもらしてしまった私に、公爵さまはひとつ息をこぼして続けてくれた。
「ゲルトルード嬢、きみも、きみの母上も、残念ながら貴族社会でのふるまい方が身についているとは言い難い状況のようだ」
ええ、まあ、たぶん、残念ながら、間違いなくそうだと思います。
うなずいちゃった私に、公爵さまはまた眉を寄せる。
「だがこれからは、きみ自身の意思とは関係なく、貴族社会の深みに引き入れられてしまうだろう。爵位持ち娘である以上、昨日のような輩がまた湧いてくることは避けられまい」
あー……まあ、そうですよねえ。
確かに、昨夜のお話でも、そういう輩への対策にもなるって言われてたよね、後見人って。
ちょっと遠い目をしちゃった私の視界の端を、またなんかめちゃくちゃ怖い笑顔を浮かべたナリッサがかすめていった。
公爵さまは、あごに手をやりその顔をしかめている。
「それだけでもかなり危ういと思っていたのだが……ゲルトルード嬢、きみはさらに危うい。この『さんどいっち』にせよ、蜜蝋布にせよ、その発想力には感嘆するばかりだ。しかも、すでに意匠登録の買取の申し出まで受けているなどと……」
また息をひとつこぼし、公爵さまは言った。「きみは、ほかの者たちが、きみにどれほどの価値を見出すのか、まるでわかっておらぬだろう?」
いや、私の価値なんて……公爵さまに倣うわけじゃないけど、私も思わず眉を寄せちゃったよ。
なのに、やっぱり私の視界の端で、ナリッサがうんうんとめっちゃうなずいてる。
それどころか、となりに座ってるお母さまもめっちゃ真剣な顔で身を乗り出してるんですけど?
「公爵さまには、ゲルトルードの価値がおわかりでございますのね?」
お母さま何を口走って……って、私が思わず止めようとするより早く、公爵さまは答えてくれちゃった。
「いや、私にもまだ測り切れておらぬというのが、率直な感想だ。その意匠登録の買取の申し出を受けているというものについても、ぜひ詳しく伺いたいと思っている。場合によっては、新たな産業を興すことにもなりかねんのだから」
新たな産業って……いやいや、話が大きすぎません?
そりゃあ、貴族って存在自体が産業なんだって、私もつい最近自覚したけど。
でもね、サンドイッチとか蜜蝋布とかコード刺繍とか、全然チートじゃないよ、魔法だって使ってないし、よっぽど不器用な人でない限り、誰でもそれなりにできちゃうようなモノばっかなんですけど?
なんかこう、ぶっちゃけショボ過ぎない?
って、私が内心焦ってるのに、公爵さまとお母さまはさっさと話を進めちゃうんだ。
「ゲルトルード嬢が作り出したモノから生まれる利権に飛びつき貪ろうとする者も、今後多く湧いて出るだろう。そのような者たちによって、ゲルトルード嬢のすばらしい才能がつぶされてはならぬと私は考えている」
「そのために、公爵さまはゲルトルードを庇護してくださるおつもりなのですね?」
「その通りだ。国の経済にかかわる問題になるかもしれぬ状況なのだから、ゲルトルード嬢を庇護するのは上位貴族である私の責任だ」
いや待って、マジでそういう話なの?
私の扱いって、そんな御大層なことになっちゃってるのー?





