61.なんだか話が大きくなってきた
「これまた美味いですね」
「うむ、美味い」
公爵主従は、なんか真顔で美味い美味いって言いながら、ホットドッグをほおばっている。
「こっちの炒り卵もいけますけど」
「ああ、このソーセージをはさんだだけというのが」
「本当にこんなにあっさりした組み合わせなのに、めちゃくちゃ美味いです」
お母さまとアデルリーナには、1本を3等分したものを一切れずつ渡してある。だってね、さっき朝ごはんのサンドイッチ食べたばっかだし、果物のつまみ食い、げふんげふん、お味見もしちゃったし。いくらおやつは別腹だって言っても。
それに、まだフルーツサンドだってあるし!
だから、ちょっとずつのホントに味見状態なんだけど、お母さまもアデルリーナも嬉しそうに美味しい美味しいってにこにこしながら食べてくれてる。
とってもかわいいお母さまと妹に癒されながら、私はリールの皮を取り出した。そしてホットドッグにそれを巻き付け、巻き終わりに水糊をぺんぺんと数か所付けて貼り合わせた。
「ほら、どうかしらマルゴ、こうすれば持ち運びも簡単だと思うの」
私はリールの皮の巻き終わりをくるっと回してホットドッグの裏側に向ける。そしてその状態で、かごの中へ置いてみた。
「すばらしいです、ゲルトルードお嬢さま」
なんかもうマルゴが感極まったように言った。「この細長い『さんどいっち』であれば作るのも簡単ですし、リールの皮で巻いて客に渡せば、そのままかごに入れられる。本当に、本当にすばらしいです!」
「よかったわ。これならほら、食べるときにこうやってリールの皮をちょっとずらせば、手を汚さずに食べることもできると思うの」
ホットドッグに巻いたリールの皮をちょっとずらし、私は上からかぶりつくようなしぐさをしてみせる。
「それに、ソーセージをはさむだけが一番簡単だけれど、ハムやチーズ、それにマルゴが作ってくれた炒り卵も美味しいし、お芋のサラダなんかもはさむといいと思うのよね。日によって種類を変えて売るのもいいと思うのよ」
本当は焼きそばパンが欲しいところだけど、それはさすがに無理よねえ。
「そ、その、こちらの『さんどいっち』も、あたしの息子たちの店で……?」
「もちろんよ、最初からそのつもりで考えてみたのだけれど、どうかしら?」
「ありがとうございます、ゲルトルードお嬢さま! ありがとうございます!」
マルゴは本当に泣きださんばかりのようすだ。両手を胸の前で組み、大柄な体を丸めるように私を見つめる。
通常のサンドイッチは、バリエーションが豊富なぶん作るのが手間だし、やっぱり平民には手軽なホットドッグのほうがいいと思うんだよね。
それに、サンドイッチはマヨネーズも作ってセットにしたら、レシピの販売っていうことも考えられなくもなさそうだし……マルゴには許可を出しちゃったけど、それはそれでまた別に考えてみてもいいかも、ってことも思っちゃったのよね。
で、やっぱりマルゴも心配になったみたい。
「けれど、本当によろしいのですか? このような、目新しくて誰もが喜んで食べそうなお料理を、あたしの息子たちに、その、ご許可してくだすって」
私は笑顔でうなずいた。
「ええ、だってこういう簡単なお料理は、真似しようと思えば誰でも真似できてしまうでしょう? だから、マルゴの息子たちが売り出したら、すぐほかのパン屋でも真似すると思うわ。後はもう、息子たちの腕にかかってるってことね。売り上げは、美味しさ勝負になるわよ?」
ちょっと悪戯っぽく笑ってみせる私に、マルゴもちょっと泣き笑いみたいな顔をしてくれた。
「本当にありがとうございます、ゲルトルードお嬢さま。あたしはこれからもずっと、ゲルトルードお嬢さまに誠心誠意お仕えさせていただきますです」
「ゲルトルード嬢」
「はい」
突然公爵さまに呼ばれて、私は驚きつつ返事をした。
公爵さまはがっつりホットドッグをお召し上がりになり、ナプキンで口を拭っている。
「申し訳ないが話が聞こえてしまった」
ええ、はい、聞き耳立ててらっしゃるのは感じておりました。
などとは言わず、私は先を促すようにうなずいてみせる。
「きみは、この具材をはさんだパンを、街で販売するつもりなのか?」
「はい。我が家の料理人の家族が、街中でパン屋を営んでおりますので、そちらでの販売を許可いたしました」
私の返答に、公爵さまはちょっとだけ眉間のシワを深くしてから言った。
「それでは、この具材をはさんだパンを、軍の携行食糧として採用しても構わないだろうか?」
は、い?
軍の携行食糧?
ええと、我が国の軍隊のお食事に採用するってことですか?
「この細長いパンであれば、行軍しながらでも片手で食べられる。しかも、リールの皮で巻いた状態で配給すれば、手甲を外す必要もない。なにより、パンとソーセージをまとめて食べることができ、食事としての満足度も高い。兵士だけでなく、騎士も武官も喜んで食べるだろう」
公爵さまの説明に、私はなんかもうぽかーんとしてしまう。
「はい、あの、もちろんご採用くださって結構です」
とりあえず、うなずいてみせた私に、公爵さまも重々しくうなずき返してくれた。
「そうか。許可してもらえるならば、すぐにでも軍の上層部に話をもっていこう。詳細は追って連絡する」
そして公爵さまがすっと動かした視線を受けた近侍さんが、にこやかに立ち上がる。
「では、一通りで構いませんから、作り方を教えていただけますか?」
近侍さんは実に自然に私のそばへやってきた。
ナリッサの笑顔がまた怖くなってるけど、さすがに公爵さまの指示じゃ割って入れない。
「簡単です。要は、この形のパンを用意すればいいだけですから」
私もにこやかにほほ笑んで近侍さんに説明した。
「このパンは、この形に焼くよう指示したわけですね」
「はい。マルゴの……我が家の料理人の家族が営むパン屋で、ソーセージが1本まるごとはさめる形にと、本日焼いてもらいました」
「なるほど。そしてパンの中央、縦に切込みを入れて、そこに具材をはさむ、と」
近侍さんがパンを手に取って検分してる。
私は笑顔を貼り付けて付け加えた。
「切込みの内側に今回はトマトソースを塗りました。具材によっては、クリームチーズやバターなどを塗るといいかと思います」
うん、ふつうのサンドイッチ用にマヨネーズも早めに作っちゃわないと、だわ。
「よくわかりました。ありがとうございます」
うーん、これだけのイケメンにこの至近距離で笑顔を振りまかれると、結構な破壊力よね。
などと私が思いながら笑顔を返したところで、近侍さんはさらに言った。
「それで、大変図々しい申し出で恐縮なのですが、こちらのパンを、見本にいただいていくことは可能でしょうか?」
おう、そう来たか。
そんなにお気に召したのね、ホットドッグが。
「もちろん構いません。ぜひお持ちになってくださいませ」
笑顔を貼り付けまくってるおかげで、だんだん顔が疲れてきちゃったけど、もうちょっとの間がんばれ私。
私は笑顔のまま答え、お皿の上のホットドッグに手を伸ばした。
「ではこちらの、ソーセージをはさんだものと、炒り卵をはさんだものをおひとつずつ」
言いながら、リールの皮でくるっと巻いて、巻き終わりを水糊で貼り合わせる。
「本当に助かります。感謝申し上げます、ゲルトルード嬢」
なんかもう後ろに花背負ってませんかって勢いの笑顔で、近侍さんはお礼を言ってくれちゃう。
それから近侍さんは腰に下げていた袋……手のひらくらいの大きさの革袋のようなものを外し、私が差し出したホットドッグにその袋の口を向けた。
次の瞬間、ホットドッグ2つがしゅるんとその袋の中へと吸い込まれて消えた。
「えっ?」
「ああ、もしかしてご覧になるのは初めてでしたか? 収納魔道具です」
収納魔道具……マジックバッグだよ、ファンタジーキターーー! だよ!





