60.イケメンなだけじゃなさすぎる近侍さん
「このパンの真ん中で切り分けるでしょう。だから、切り口がきれいに見えるように果物を並べたいの」
私の説明に、マルゴはふんふんとうなずいてくれる。
「それでしたら、色の組み合わせが大事でございますね」
「その通りなのよ。だから今日は、葡萄柚の黄と紅、それに葡萄の紫と黄緑という2種類を、白いクリームではさもうと思うの」
「よろしゅうございます。では、ジャムもひとつご用意しますかね? 酸味の強い果物ばかりでございますし」
「そうね、ジャムは何があるの?」
「杏と林檎がございます」
「じゃあ、杏のジャムに、杏の角切りもちょっと混ぜてみてはどうかしら?」
と、私とマルゴが作業台の端で相談しながらフルーツサンドの試作を始めたんだけど……お母さま、お茶のカップを持ったまま真剣に身を乗り出してこっちを見てないで、公爵さまのお相手をしてください!
って、公爵さまもカップを持ったまま横目でこっちをちらちら見てるし、イケメンなだけじゃない近侍さんなんかもう、お給仕の手を止めちゃって堂々とこっち見てるよ!
お母さまはかわいいからいいけど、おっさんたち、げふんげふん、公爵さまはお客さまとしてお母さまにちゃんと会話を振ってくださいってば。近侍さんもナリッサが超怖い笑顔を向けてるの、ちゃんと意識してよー。
などと思いながらもフルーツサンド作りは進行するのである。
「切り分ける位置に、目印になるよう先に切れ目を入れておいていいですかね?」
「それ、とてもいいと思うわ」
マルゴが提案してくれ、パンに切り分ける位置の目印になる切込みを入れていく。
「泡立てクリームはたっぷり使いましょう。でも、重ねたときはみ出してしまわないよう、端のほうは少し塗り残して……」
「これくらいでいかがでしょう、ゲルトルードお嬢さま」
「ええ、それくらいがちょうどよさそうね」
私はマルゴと手分けして、パンにホイップクリームをたっぷりと塗った。そして葡萄のほうを担当した私は、紫と黄緑が交互になるよう順番に並べて行った。マルゴは鮮やかな紅と黄色の葡萄柚を並べてくれている。
「この上にまたクリームをたっぷり塗って……パンを重ねれば出来上がりよ」
はい、そこ、身を乗り出してこっちを見ない!
お母さまとアデルリーナはかわいいからいいけど!
直径15センチほどの丸いフルーツサンドが8個出来上がった。そして杏のジャムサンドも2個作ってみた。
「しかしお嬢さま、これはまた厚みがありますねえ。しかもかなりやわらかいですから、これをきれいに切り分けるのはなかなか難儀ではございませんか?」
パン切り包丁を取り出したマルゴが真剣な顔でフルーツサンドを見ている。
私は笑いながら言ってしまった。
「ええ、だからしばらく置いて、落ち着かせてから切るのよ」
はいはい、そこ、がっかりした顔をしない!
お母さまとアデルリーナのちょっぴりしょんぼり顔はかわいいからいいけど!
私は清潔な布巾を水で硬く絞り、フルーツサンドを包んでいった。
「こうしておけばパンがパサパサにならないし、布巾の重みでパンと具が落ち着くの」
「ほ、これはまた。こういう方法があるのですねえ」
感心しながらマルゴも一緒に布巾を絞ってフルーツサンドを包んでいってくれる。
そこに、シエラが声をかけてきた。
「ゲルトルードお嬢さま、ソーセージが仕上がりました」
こっちのソーセージって日本のスーパーで売ってるのとは違い、完全に生なんだよね。だからしっかり時間をかけて加熱する必要があるんだけど、シエラは上手に蒸し焼きにしてくれたようだ。お皿に並べられたソーセージは見るからにぷりっとしていて皮も破れてないし、きれいな焼き目もついているし、実に美味しそう。
侍女にお料理なんかさせちゃって本当に申し訳ないけど、うーん、シエラも有能過ぎる。
「ありがとう、シエラ。とっても美味しそうね。ちょうどいいわ、こちらを先に作ってしまいましょう」
私はかごからコッペパンを取り出し、マルゴからパン切り包丁を受け取った。
「こういう感じでまっすぐ切込みを入れて……パンがふたつに割れてしまわないようにね」
そして冷却箱から、マルゴが作り置きしておいてくれたトマトソースと、粒辛子(要するに粗挽きマスタード)を持ってきてもらう。
「この切込みの内側にトマトソースを塗って……ソーセージをはさんで、さらにちょっとだけ粒辛子を塗れば、ほら完成。とっても簡単でしょ」
私はホットドッグをお皿ごと笑顔で持ち上げた。
そのとたん、真後ろからいきなり声がした。
「これはまた、美味しそうですねえ」
ギョッとばかりに振り返ると、いつの間に来たのかイケメン近侍さんが立っていた。
ちょっ、イケメンなくせに気配を完璧に消してしまえるってどういうこと!?
固まっちゃった私の目の前に、ナリッサが弾丸のように超高速で移動してくる。
「あちらにお戻りくださいませ、近侍さま」
ガッとばかりに私と近侍さんの間に割り込むナリッサの笑顔が最凶に怖い。
なのに、近侍さんはさわやかに笑って答えちゃうんだ。
「ああ、これは失礼いたしました。美味しそうな匂いにすっかり釣られてしまいまして」
なんかだんだんわかってきたわ、この近侍さん。
ホンットにイケメンなだけじゃないわね、結構黒いわよね。自分のイケメンっぷりを知っててわざとやってるよね。このサワヤカ笑顔を信じちゃいけないわ。ほらシエラ、ぽーっとした顔なんかしてちゃダメよ、騙されちゃうわよ!
で、私もにこやか~に答える。
「まあ、それはそれは。それではぜひ、近侍さんも召し上がってくださいませ。お毒見だけでは物足りないでしょうから。ナリッサ、近侍さんのお席もご用意してちょうだい」
「かしこまりました、ゲルトルードお嬢さま」
「いやあ、申し訳ないことです」
って、言ってるそばから嬉しそうな顔してんじゃないわよ、イケメンなだけじゃなさすぎる近侍さん。それでも一応、公爵さまに確認してるけど。
「閣下、私もご相伴にあずかってよろしいでしょうか?」
「……すまない、ゲルトルード嬢。ご厚意に甘えさせてもらう」
ナリッサに怖い笑顔で圧をかけられながらも、嬉しそうに席に着く近侍さん。
そんなにホットドッグ食べたいですか、そうですか。
私は、ことの成り行きに戸惑いまくってるマルゴとシエラに笑顔を向けた。
「それでは、こちらのはさむパンを作ってしまいましょう。ソーセージをはさむだけだから簡単よ。ほかのものをはさんでも美味しいのだけれど、今日のところは……」
「あ、ゲルトルードお嬢さま」
気を取り直したようにマルゴが言い出した。「卵を炒ってはさんでも美味しいのではございませんか?」
「そうね、卵も絶対美味しいわよね」
マルゴはにんまり笑って冷却箱から卵を取り出した。
「すぐに炒り卵をお作りしますので、パンを少々残しておいていただけますでしょうか?」
「もちろんよ、お願いするわ、マルゴ」
私はシエラと手分けしてコッペパンに切込みを入れ、トマトソースを塗っていく。ソーセージをはさみ、粒辛子を塗ってホットドッグを完成させたところで、マルゴが手早く炒めた卵を持ってきてくれた。
「チーズを入れて炒めましたので、このまま食べても美味しゅうございますよ」
アツアツの炒り卵も、とろけたチーズの粘り気でまとまりがいい。マルゴが出してくれたサラダ菜のような葉野菜もちぎって一緒にはさんだので、彩もよく本当に美味しそうに仕上がった。
「では、おやつの時間にはまだ少し早いですが、こちらを公爵さまと近侍さんにお味見していただきましょうか」
そう言って私が浮かべた笑顔が、ちょっと怖かったとしても誰にも文句なんて言わせないからね!