59.本日のおやつを作って差し上げましょう
と、いうことで、厨房のテーブルっつーかぶっちゃけ調理台に、公爵さまのお席が粛々と準備されていった。
要するに、さっとテーブルの上を拭いてクロスをかけ、そこに背もたれもない丸椅子を置いただけなんだけどね。いや、ナリッサが超高速でテーブルの上の食べ残しサンドイッチを冷却箱に放り込み、マルゴも調理中のフルーツサンド食材をガッとばかりにテーブルの端に寄せまくってくれたけど。
とりあえず我が家の厨房は広いからテーブルだってデカいよ、お客さまの10人だろうがドンと来いだわよ(ほぼヤケクソ)。
作業台のちっちゃい丸椅子に、悠然と腰を下ろす公爵さま。
うん、このとんでもなく素晴らしい場違い感はどうよ。
後ろにはイケメン過ぎる上にとってもイイ笑顔の近侍さんまで従えちゃってるしね!
ナリッサが茶器を用意し始め、マルゴもお湯を沸かし始めてくれてる。
そんでもシエラはいまだに真っ青な顔をしてるし、ハンスもカールも完全に涙目だ。そりゃあもう、ハンスもカールも怖かったでしょうよ。公爵なんて最上位の貴族男性がこんな無体を働くなんて。
たぶん、2人がお使いから帰ってきたところ、門の前で公爵さまに捕まっちゃって、門を開けたのはいいけれど玄関はどれだけノッカーをたたいても誰も出てこないっていうんで、こんなことになっちゃったんだと思う。カールは門の鍵は持ってるけど玄関の鍵は持ってないもんね。厨房にいるとノッカーの音は聞こえないし。
よくカールは、公爵を止めようと声を上げることができたもんだと思うわよ。めちゃめちゃ頑張ってくれたわよ、後でうんと褒めてあげなくちゃ。
そしてカールとハンス、涙目でちょっと震えてても、かごはしっかり両手で抱えてる。うん、パンとソーセージがいっぱい入ってるもんね。
公爵さまの前だけど、とにかく2人からかごを受け取ってこの場から解放してあげようと、私が足を踏み出そうとしたとき、お母さまが先に動いた。
「エクシュタイン公爵さま、当家の次女を紹介させてくださいませ」
正式な礼をしたお母さまが、アデルリーナを促した。
「こちらにいらっしゃい、アデルリーナ。公爵さまにご挨拶しましょうね」
お母さまも腹を括ってくださった、というか、もうここで公爵さまのおもてなしをするしかないって思ってくれちゃったらしい。
促されたアデルリーナは、公爵さまの前でどうしていいかわからなくて俯いていた顔を上げ、ちょっとホッとしたような表情を浮かべた。
「我が家の次女のアデルリーナでございます。まだ社交は始めておりませんが、せっかくでございますから、ご挨拶させてくださいませ」
お母さまに紹介されたアデルリーナは、緊張したようすながらも、しっかりとドレスの裾をつまんで正式な礼、カーテシーをした。
「初めまして、エクシュタイン公爵さま。クルゼライヒ伯爵家次女のアデルリーナです」
おおおおおおお、しっかりご挨拶できたわね! 本当になんてかわいくてなんて賢いの、私の妹は!
「アデルリーナ嬢は何歳になられた?」
公爵さまから問われて、アデルリーナはやっぱり緊張したようすで答えてる。
「10歳です、公爵さま」
「魔力の発現はまだ見られぬのか」
だから公爵さま、そういうデリケートなことは言わないで!
アデルリーナがちょっと泣きそうな顔になっちゃったじゃないの!
「はい、あの、まだ魔力は……」
「私は魔力が発現したのは13歳になる直前だった」
公爵さまの言葉に、アデルリーナはハッとしたような顔をする。
そのアデルリーナに、公爵さまはうなずいた。
「魔力の発現する時期は人によって違う。どちらかと言えば、強い魔力を持つ者ほど発現時期は遅いと言われているほどだ。まだ10歳ならば気にすることはない」
ああ、うん、やっぱ悪い人ではないよね、この公爵さまは。
いろいろ、なんかこう、いろいろ残念なとこはあるんだけど。言い方だって、そんな小難しい顔で淡々と言うんじゃなくて、もうちょっと優し気に言えばいいのに。
それでも、そんな言い方でも、アデルリーナは公爵さまがフォローするようなことを言ってくれたのが本当に嬉しかったようだ。パッと顔を輝かせて声を上げた。
「ありがとうございます、公爵さま!」
ぐわー! アデルリーナにこんな顔をさせることができちゃうなんて、公爵さま侮りがたし、だわ!
と、私が内心じたばたしている間に、ナリッサがさくさくとお茶の準備を終えてくれた。
お母さまと、それに公爵さまに挨拶を終えたアデルリーナも席に着き、私の席もナリッサは準備してくれている。
そこで私は公爵さまに申し出た。
「公爵さま、わたくしはただいま我が家の料理人と本日のおやつの相談をしておりました。大変失礼だとは存じますが、このまま料理人と相談を続けさせてくださいませ」
「では、そのように」
公爵さまは鷹揚にうなずいてくれたけど、その目をチラッとテーブルの端のフルーツサンド食材へ向けちゃったのを私は見逃さなかったからね。
ええ、ええ、ちゃんと公爵さまにもおすそ分けして差し上げますとも。フルーツサンドの美味しさを思い知らせて差し上げますとも。
とりあえず、とりあえず私のかわいいかわいい妹に、とってもいい笑顔をさせてくれちゃいましたからね、そのお礼くらいはさせていただきますわよ!
でも、その前に。
私はカールとハンスのところへ行って、声をかけた。
「2人とも、お使いご苦労さま。ちゃんと用件は済ませることができたかしら?」
「あ、はい、はい!」
カールが慌てて返事をする。
ハンスはとっさに声が出なかったのか、それでも必死にこくこくと首を動かした。
「あの、このかごがパンで」
自分が持っていたかごをカールが差し出す。「ハンスのかごがソーセージです。それから商業ギルドとゲンダッツさんの事務所へも間違いなく行って、お言葉を伝えてきました!」
「そう、ありがとう。よくやってくれたわね。貴方たちはもう下がっていいわよ」
「ありがとうございます、ゲルトルードお嬢さま。それでは失礼させていただきます」
私にかごを渡したカールとハンスは、もうあからさまにホッとした表情を浮かべた。
そして厨房を出て行こうとするカールにナリッサが何か耳打ちして、カールはひとつうなずいてからハンスと一緒に勝手口から出て行った。
受け取ったかごからは、焼き立てパンのいい匂いがしてくる。かけてある布を持ち上げると、こんがりいい色に焼けた美味しそうなコッペパンがぎっしり入っていた。
いや、コッペパンって呼び方はたぶんこの世界にはないと思うけどね、ホントに大きさといい色といい、ホットドッグにぴったりなパンが届いていた。
しかもパンのサイズは、もうひとつのかごのソーセージの長さにぴったりだ。カールがちゃんとマルゴの息子さんたちに伝えて、ソーセージの長さにパンを合わせてくれたんだわ。
「シエラ」
「は、はいっ!」
私の呼びかけに、シエラが飛び上がるように返事をした。
大丈夫、あのおっさんたち、げふんげふん、公爵さまと近侍さんは気にしなくていいから、と私は目線で伝えながらシエラに問いかけた。
「シエラは、お料理はできるのかしら?」
「あ、はい、あの、お針子になるまでは家で家事を手伝っていましたので、料理もできます」
「そう、じゃあ、申し訳ないけれど、このソーセージを焼いてくれる? あ、えっと、茹でたほうが美味しいかしら?」
「蒸し焼きにいたしましょう、ゲルトルードお嬢さま」
マルゴが声をかけながら、大きな鉄鍋とそのふたを取り出してくれる。
シエラも嬉しそうにうなずいた。
「私の家でもソーセージは蒸し焼きです」
私はマルゴとシエラに相談して、とりあえず10本蒸し焼きにしてもらうことにした。シエラは、ハンスの下にまだ弟2人と妹がいる5人きょうだいという大家族だそうで、量が多い料理にも慣れているとのことだった。
そうやってシエラがソーセージを調理してくれている間に、私とマルゴはフルーツサンドに取り掛かることにしたのである。
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