57.楽しくて切なくて大笑いして
そんでもって次は、おやつのフルーツサンド作りに取り組むのである。
フルーツサンドだよ、ひゃっほーい!
マルゴは、厨房隅のタオルハンガーの上に広げてある蜜蝋布が気になるようすだったけど、私は構わずせかしてしまう。
「マルゴ、今日はどんな果物が用意してあるのかしら?」
「あ、ああ、はい、そうでございますね」
テーブルの隅に寄せてあったかごを、マルゴは慌てて私の前に持ってきてくれた。
かごの中にはいろんな果物が入っている。
「杏と林檎、それに葡萄柚が2種類、葡萄も2種類ございますね。それから藍苺と木苺もございます」
葡萄柚?
って、もしかしてグレープフルーツ?
マルゴが差し出してくれたその黄色くて丸い果物は、どう見てもグレープフルーツだ。
「葡萄柚は、黄と紅がございますです」
そう言って、マルゴはその葡萄柚をカットしてみせてくれた。
おお、間違いなくグレープフルーツ。しかもルビー! そんでもって、ルビーじゃないほうは、私が知ってるグレープフルーツの色より少し黄色みが強い。
いいわいいわ、これはいいわ。この2種類をホイップクリームではさむと黄色と紅色でめっちゃ映えると思う。
葡萄も、巨峰みたいな濃い紫色と、マスカットみたいな鮮やかな黄緑色の2種類が用意されてる。しかも、紫色のほうは巨峰と違って皮を剥いた中身も芯まではっきり紫色をしてる。黄緑色のほうはそのまんま中身も黄緑色だ。
それに藍苺ってどう見てもブルーベリーで、木苺はクランベリー。ただし、私が知ってるものよりちょっとサイズが大きい。どっちも直径が3センチくらいある。これならまるごとホイップクリームではさんでOKだわ。
私はマルゴに、生クリームを硬めにホイップしてくれるよう頼む。もちろん、ハチミツを入れて、ね。
そしてマルゴが大量にホイップクリームを作ってくれている間に、私たちは果物の皮剥きだ。シエラもナリッサも、お母さまもアデルリーナも、みんな並んで座り、グレープフルーツの皮を剥いてはお皿に並べていく。
でも幼いアデルリーナにはやっぱり難しいようで、グレープフルーツの薄皮がきれいに剥けなくて身がいくつにも割れてしまい、泣きそうな顔をしてる。
「リーナ、大丈夫よ。パンにはさむとき、隅にまでいっぱい詰めるには、小さく割る必要があるのだから」
「そうなのですか?」
私の言葉に、アデルリーナがパッと顔を輝かせる。
うううう、泣きそうなへにょり顔のアデルリーナもめちゃくちゃかわいいんだけど、やっぱこういう明るい顔がいちばんかわいい! もうどうして私の妹はこんなにもかわいくてかわいくてかわい(以下略)。
すっかりデレデレの私は、思いっきり妹を甘やかしたくなっちゃう。
「でもせっかくだから、ちょっとお味見してみましょうか?」
そう言って、アデルリーナが剥いて割れちゃったグレープフルーツを、私はひとつつまんで自分の口に入れちゃう。うーん、甘酸っぱくて美味しい!
アデルリーナは目を見張り、でも嬉しそうに笑って内緒話をするように小さな声で私に問いかけてきた。
「ルーディお姉さま、わたくしもひとつお味見してもいいですか?」
「もちろんよ!」
あああああああもうもうもう! ナニこのかわいいかわいいかわいい生き物は!
なのにこのかわいいかわいいかわいいアデルリーナは、さらにかわいいことを言ってくれちゃう。
「では、お母さまもごいっしょにお味見を……」
その言葉に、私もお母さまを見たのだけれど……お母さまの口が、すでにもぐもぐと動いてる。しかも、口元を押さえてる手の、指先に赤い色が染みついてたりなんかしてる。
「あら、見つかっちゃったわ」
なんかもう、てへぺろな顔してるお母さま、どうしよう、めちゃくちゃかわいい!
「わたくし、マールロウ領地に居たころは、よく森へ出かけて行って木苺を採って食べてたの。木から採ってそのまんま食べるのって、とっても美味しいのよ」
本当になんだかもういたずらっ子のようにお母さまが笑ってる。「コケモモや茱萸も森の中にはあったから、わたくしぜんぶ順番に食べて回って……衣装の袖口をしみだらけにして帰宅して、侍女頭によく怒られていたわ」
そしてお母さまはまたかごから木苺をひとつつまみ出し、しみじみと言った。
「こんなに美味しい木苺を食べたのは、本当に久しぶりよ」
そう言えば、おじいちゃんのほうのゲンダッツさんも言ってたよね、お母さまが村の娘さんたちに交じって荷馬車競争に出てたって。
お母さまの娘時代って、なんか結構アクティブでワイルドだよね……。
それを思い、私はふいに泣きそうになってしまった。
だって……このちょっとお茶目でかわいらしくて、そしてちょっとお転婆さんなのが、間違いなくお母さまの本来の性格なんだ。
それなのに、ずっと暴力で支配され籠の鳥にされ、自分の意見を言うことも友だちに会うことも許されず、ずっとずっと抑圧されたままただの飾りとしてこのタウンハウスに閉じ込められてきて……すべての感情を消してしまわなければ自分を保てないような状況で……。
はっきり言うわ。あのゲス野郎が死んでくれて、本当によかった!
マルゴが明るい声で言う。
「まあ、奥さま。それはようございました。今日もカールが、市場でとびきり新鮮なものを選んで買ってきてくれましたからねえ」
そしてさらに、にんまり笑ってマルゴは言った。
「それでも、お味見はほどほどになさいませんと。先ほどお食事を召し上がったばかりでございますし、おやつの『さんどいっち』がお腹に入らなくなってしまっては大変でございますよ」
「あら、大丈夫よ」
澄ました顔でお母さまが答える。「わたくしのお腹の中では、お食事が入るところと、おやつが入るところは、別々になっていますからね」
要するに、おやつは別腹ってことね。
みんなが笑いをこらえている中、アデルリーナが大真面目な顔で言い出した。
「お母さまのお腹の中には、お食事とおやつの仕切りがあるのですか?」
爆笑である。
私もだけど、お母さまもマルゴもシエラも、いつも澄ました顔のナリッサまでも、みんなそろって噴き出してしまい、肩をひくひくさせちゃった。
その中で1人きょとんとしてるアデルリーナがもうどうしようもなくかわいくてかわいくてかわ(以下略)。
だけど、その笑いは一瞬にして引っ込んでしまった。
だって、ハンスがいきなり駆け込んできたから。
勝手口から文字通り転がり込むような勢いで。
「あっ、あっ、あの、こ、こ、こ!」
慌てふためくハンスのようすに、私たちは全員ぎょっとばかりに腰を浮かせてしまった。
風雲急を告げる?





