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6.ダダ洩れ妹愛

 ようやく一息ついた私は、ナリッサとともに厨房へと向かった。

 厨房の扉を開けたとたん、明るい声が響く。

「あっ、ルーディお姉さま、お仕事は終わったのですか?」

「ええ、お待たせしてごめんなさいね、リーナ」

 嬉しそうに飛びついてきた妹のアデルリーナを、私はぎゅっと抱きしめる。

 はぁー癒される。てかもう、あらゆることが浄化されちゃう気分。


 10歳になる妹のアデルリーナは、私の天使だ。

 本当に素直でかわいくて、たとえお母さま譲りの輝くような容姿でなくても、私はこのかわいいかわいいかわいい(大切なことなので3回言いました)妹を溺愛しまくる自信ありまくりである。むしろ、この輝くような容姿のおかげで悪い虫がつくんじゃないかと、お姉さまとしては心配しまくりである。


 アデルリーナのほうも姉である私をとても慕ってくれていて、いまも私に抱きついたまま嬉しそうに話してくれる。

「ルーディお姉さま、今日はわたくし、おイモをつぶしましたのよ。とってもきれいにつぶせているって、カールもほめてくれましたの」

 アデルリーナが示すところ、厨房のテーブルの上には、蒸かしたじゃがいもをつぶして入れたボウルが置いてある。


 そのボウルを前に、1人の少年が得意気に立っていた。

「ゲルトルードお嬢さま、アデルリーナお嬢さまはお料理がとてもお上手ですよ」

「まあ、素晴らしいわ。リーナはお料理も天才なのね。それにさすがカールね、リーナの素晴らしさがよくわかっているようね。今度ゆっくりリーナの素晴らしさについて語り合いたいわ」

 私がデレデレになって言う横から、ナリッサが冷静に突っ込んでくれる。

「ゲルトルードお嬢さま、カールと語り合うのはおやめください」


 そのままナリッサは、さくさくとテーブルの上に並べられた料理を検分していく。

「お食事はご用意できてるようね、カール」

「うん、すぐにお出しできるよ、ナリッサ姉さん」

 カールは、ナリッサの下の弟だ。上の弟のクラウスとナリッサは1歳しか違わなくて20歳と19歳なんだけど、カールはちょっと歳が離れていてまだ12歳だ。まあ、我が家も私とアデルリーナは6歳違いなんだけど。


 1年ほど前に我が家の下働きに入ったばかりのカールには、あらゆる雑用をこなしてもらっている。なにしろいまは、使用人が片っ端から辞めてしまった状態なのだから仕方ない。

 今日も私たちがオークションを開催している間、こうやってアデルリーナの相手をしながら厨房で食事の準備をしてくれていたんだ。


 実際、カールは料理もなかなかの腕前だ。幼いころに両親を亡くし、姉と兄が働きに出た後は孤児院に預けられていて、孤児院ではよく厨房を手伝っていたらしい。いまは我が家に住み込みなので、姉のナリッサと一緒に暮らせて本当に嬉しいと言ってくれてる。

 ちなみに、ナリッサも最初は12歳で我が家ではないほかの貴族家へ侍女見習いに出ていて、クラウスは11歳で商業ギルドの下働きになったと言っていた。それでも、働きに出るには遅いほうだったらしい。


 このレクスガルゼ王国には平民のための学校施設などがなく、平民はみな幼いころから働きに出る。ナリッサたちはそれでも、両親が生きている間はそれなりに恵まれた暮らしだったと言っていたけれど、なんの保障もないこの国で親を亡くした子どもたちがどんな目に遭うか、想像に難くない。

 ナリッサもクラウスも、幼い弟カールを育てるために本当に頑張ってきたんだと思う。

 まあその結果、さっくり悪い笑顔を浮かべちゃうようなワザも身に着けちゃったんだろうね。


 今日もテーブルの上には、カールが調理してくれたおいしそうなものが並んでいる。

 アデルリーナがつぶしたじゃがいもに加えてサラダにするために刻んだ野菜とゆで卵が用意され、美味しそうなハムとチーズがきれいに切りそろえられてお皿に盛られている。かまどにかけてあるお鍋からはいい匂いがただよっていて、おそらく野菜たっぷりのスープが用意されているんだろう。


 ああでも、これでやっと、毎日ごはんを食べながら、このごはんの代金を支払えなかったらどうしようなんて思い悩まずに済む。

 ホンット、伯爵家がお肉や野菜を街の商店からツケで買うってどうよ?

 お母さまには現金もある程度持って帰ってくれるようお願いしておいたから、ヨーゼフに頼んで明日からツケを払ってもらおう。


「奥さまはまだお戻りではないんですか?」

 現金が手に入った幸せを噛みしめていた私にカールが問いかけた。

「ええ、お母さまは少し遅くなられるわ」

 私が答えると、カールはちらりとアデルリーナに視線を送ってからまた私に問いかけた。

「じゃあ、お食事はどうしましょう?」

「そうね……」

 私もちらっとアデルリーナに視線を送ってしまった。

 幼い妹の夕食をあまり遅くしたくない。お腹もすいているだろうし、遅い時間に食事をとると寝つきも悪くなる。

 かわいいかわいいアデルリーナには、いつも幸せな気持ちでいてもらいたいから、いつもしっかりご飯を食べてぐっすり眠って健康に過ごしてもらわないと。


 でもかわいくて賢いアデルリーナは、私とカールがちらりとよこした視線の意味がちゃんとわかってる。

「ルーディお姉さま、わたくしもお母さまといっしょにお食事をとりたいです」

 おねだりするようにアデルリーナが私の袖をつかんでくれちゃうと、ついよろめきそうになっちゃう。でもダメ、子どもは早寝早起きが基本なんだから!

 だから私は心を鬼にして言うのよ。

「そうね、でもリーナを夜更かしさせてしまうと、お母さまも心配されるわ。明日はまたみんなで一緒にお食事ができると思うから、今日は先にいただきましょうね」


「でも、お姉さまはお母さまをお待ちになるのでしょう……?」

 しょんぼり加減で眉を下げて私を見上げてくるアデルリーナ、もうなんなのこのかわいさは! ああもうこんなにかわいいかわいいかわいい(以下略)。

「じゃあわたくしも、スープだけリーナと一緒にいただくわ」

「よかった! ありがとうございます、ルーディお姉さま!」

 ぱあっと顔をほころばせるアデルリーナ、もうだからこんなにかわいくてかわいくてかわいく(以下略)。


 私のダダ洩れ妹愛に慣れ切ってるナリッサは、私とアデルリーナのやり取りを華麗にスルーしてカールに指示を出し、さくさくと食事の準備をしてくれていた。

「カール、私がお皿を出してる間にスープをご用意して」

「うん、スープはゲルトルードお嬢さまと2人分だね」

 いつの間にか、アデルリーナがつぶしたじゃがいもにはゆで卵や野菜が混ぜ込まれてサラダが完成しちゃってて、ナリッサは戸棚から出してきたお皿にさくさくと盛り付けていく。

「ではお嬢さま、お食事室に参りましょう」

 ナリッサが厨房の扉を開け、私たちを先導してくれる。食事を積み込んだワゴンを押すカールが後に続く。


 このレクスガルゼ王国の貴族の食事は、基本的に朝と夜の2食だ。朝は比較的遅い時間に食べ、午後にアフタヌーンティー的な軽食やおやつがあり、夜はかなり遅い時間の晩餐となっている。

 朝食はたいてい自宅の朝食室でとり、夜は自宅の晩餐室でとるか、どこかの夜会に招かれてそこで晩餐をいただく。

 午後のアフタヌーンティー的なのっていうのはアレね、帰宅時にいきなり声をかけてきたナントカ子爵家のご次男がご招待しようとしてくれてたお茶会のことね。


 我が家の晩餐室はすでに閉鎖してある。

 あんなだだっ広い部屋を毎日セッティングして食事のためだけに使うなんて、使用人がほとんど残っていないいまの状況ではどう考えても無理だもの。それにどうせこのタウンハウスはもうすぐエクシュタイン公爵に明け渡さなきゃいけないんだし。

 だからいまは、朝も夜も厨房の隣にある朝食室で済ませている。


 朝食室の扉を開けると、ナリッサは右手の親指と人差し指をきゅっとこすり、その指先に淡く小さな光を灯した。

 そしてその光をまとった指先で、入り口脇の照明器具にセットしてある魔石を軽く押す。そのとたん、ぽうっとやわらかい明りが室内を照らした。


 そう、これは魔法。

 この世界には、魔法があるんだよね。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 気になる、と言いますか。 私個人の勝手に変換する脳が悪い事なんですが・・・ この部分 ≫ "なにしろいまは、"使用人が片っ端から辞めてしまった状態なのだから仕方ない。 恥ずかしながら…
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