53.サンドイッチ
起きたら昼前だった。
っていうか、私は目が覚めてもしばらくぼーっとしちゃって、そのまんまベッドの中でうだうだしてた。そのうちナリッサがやってきて、そっと天蓋のカーテンを開け昼前だと教えてくれた。
ナリッサがそっとカーテンを開けてくれたのは、同じ部屋でまだアデルリーナが眠っていたからだ。だから私もそっと訊いた。
「お母さまは?」
「まだお休みになっておられます」
ナリッサの返事に、私は正直にホッとした。
「よかった。疲れていらっしゃるだろうから、ゆっくり休ませてさしあげて」
「はい。シエラにもそのように伝えてあります」
さすがスーパー有能侍女ナリッサである。
「朝食はいかがなさいますか?」
「そうね……厨房へ下りるわ。マルゴと話したいこともあるし」
ごそごそと起き出した私のベッド脇に、ナリッサがさっと洗面器とタオルを用意し、着替えのドレスも出してくれる。
「本日は、ゲンダッツ弁護士とクラウスから面会の要望が届いております」
あー、うん、昨日手紙送ったもんね。そりゃ、2人とも直接訊きたいことは山のようにあるだろうね……。
なにしろ昨日は怒涛の1日だった。
私自身、なんかもういろいろ追いついてないっていうか、考えなきゃいけないことがテンコ盛り状態である。
うーん、とりあえずアデルリーナを起こさないよう、手早く着替えて部屋を出よう。
その通り手早く着替えて部屋を出て、廊下を歩きながら私はナリッサに訊いた。
「ヨーゼフの具合はどうかしら?」
「落ち着いています。今朝は食事も摂ることができました」
「それはよかったわ」
ホッと息を吐いた私に、ナリッサはさらに言ってくれた。
「しばらく痛みと腫れは残るようですが、骨は折れておりませんし2~3日も休めば床を払えるだろうと、お医者さまもおっしゃっていました」
「そうなの? でもヨーゼフにはあまり無理をしてもらいたくないわね……」
絶対、止めてもヨーゼフは仕事をするって言い張るよね……ホント、あんまり無理してもらいたくないんだけど、手が足りないのも事実だしね……。
厨房へ下りると、すでにマルゴが来ていた。
「おはようございます、ゲルトルードお嬢さま」
「おはようマルゴ。すっかりお寝坊してしまったわ」
「そういう日もございますよ」
マルゴは明るく笑ってくれた。
私は、朝食室を開けるのも面倒なので、昨夜と同じくお行儀悪く厨房で朝食をいただくことにした。マルゴが作り置きしておいてくれたサンドイッチを、ナリッサが冷却箱から取り出してお皿に盛りつけてくれる。
「マルゴ、昨日は本当にありがとう。このサンドイッチも、公爵さまも近侍さんも美味しかったと言ってくださって、それも本当に助かったわ」
「とんでもないことでございます。お役に立てて何よりでございました」
答えながら、マルゴはちょうど準備していたらしい、スライスしたパンを示した。
「実はですね、今日のおやつにも『さんどいっち』をご用意しようかと思いまして」
マルゴは冷却箱を開け、果物を何種類かとジャム、それに生クリームを取り出す。
「ジャムやクリームを使い、果物をはさんで『さんどいっち』にしても美味しいのではないかと思ったのでございます」
「すごいわ、マルゴ!」
私は思わず声を上げてしまった。「わたくしもそれを、マルゴにお願いしようと思ってたの! ジャムやクリームで果物をはさんでも、絶対美味しいわよね!」
つまり、フルーツサンドである。
マルゴは自分でフルーツサンドを思いついてくれたわけだ。いや、マルゴってばマジですごい!
「さようでございましたか」
マルゴも嬉しそうに笑った。「ゲルトルードお嬢さまは本当に料理のことをよくわかっておいでなのですねえ」
そこで私は、自分の設定というか、なぜ貴族令嬢なのに私が料理をするのかについて、マルゴに説明しておくことにした。
「あのね、マルゴ。ちょっと恥ずかしい話なのだけれど、わたくしは亡くなった前当主にひどく疎まれていて、一時期まったく食事を与えられなかったことがあるの」
マルゴの目が見開く。
まあ、貴族家で直系の子、それも本来なら跡継ぎになる長女に対しそういう虐待があるっていうのは、やっぱり珍しいことだろうからね。
「だからわたくし、厨房へやってきて自分で食べるものをみつくろうことを覚えたのよ。サンドイッチもそうやって作ったの。パンでチーズやお野菜なんかを、こうやってはさんで食べると手軽だし美味しいでしょ」
私は、できるだけ暗さというか悲壮感がないように話した。
「ほかにも、思いつきで作ったお料理が何点かあるの。それも、お母さまやアデルリーナにも好評なのよ。でも、料理が専門のマルゴなら、もっと美味しく作れるのではないかと思うの。だから、貴女の時間があるときでいいから、ときどき相談に乗ってもらえないかしら?」
ええもう、この世界のお料理事情がテンプレだっていうのなら、私の前世の記憶を使いまくって美味しい料理を作ろうじゃないの。そしたら、それがお金になってくれちゃう可能性が高いからね!
そのためには、平民の食事も貴族の食事も心得ているマルゴに協力してもらうのが一番いいに決まってるもの。
私の言葉に、マルゴは力強くうなずいてくれた。
「もちろんでございます、ゲルトルードお嬢さま。いつでもお嬢さまのご都合のよろしいときに、お声をかけてくださいませ」
そう言ってからマルゴは、私をまっすぐ見つめてまたおもむろに口を開いた。
「ゲルトルードお嬢さま、僭越ではございますが、あたしもお願いがございますです」
「あら、何かしら?」
「この『さんどいっち』を、あたしの息子たちの店で、売らせていただくことはできませんでしょうか? もちろん、レシピは購入させていただきますです」
「マルゴの息子たちのお店?」
目を見開いた私に、マルゴがうなずく。
「はい、あたしの息子たちはパン屋を営んでおります。このパンも」
マルゴはスライスしていたパンを示す。「いまゲルトルードお嬢さまが召し上がってくださっているその『さんどいっち』のパンも、息子たちの店で焼いたものでございます」
「そうだったの!」
なんとなんと、マルゴの息子さんたち、商売をしてるとは聞いてたけどパン屋さんだったのね。
私はいま自分が食べていたサンドイッチをまじまじと見ちゃう。だってこのパン、美味しいよね。しかもすごくサンドイッチ向きだよね?
サンドイッチに使うパンは、やわらかすぎてもかたすぎてもダメ。耳の部分が分厚過ぎてもダメだし。ホントにこのパンはちょうどいい。しかも、片手でつかむサイズ感もぴったり。
さすがに、一晩冷却箱に入れてあったからちょっとパサついてるけど、この程度なら十分合格点だわ。
「親のひいき目もあると思うのですが、息子たちのパン焼きの腕は悪くないと思っておりますです」
マルゴが続ける。「先日、カールからこの『さんどいっち』を教えてもらいましたおりに、それなら息子たちに『さんどいっち』用のパンを焼いてもらおうと思い立ちまして。それで息子たちにはただ、とにかく薄く何枚にも切れるパンを焼いてくれと頼んだのでございます。これも親のひいき目かもしれませんが、なかなかよい出来になったと思っております」
うわ、サンドイッチ用に焼いたパンだったんだ!
それはすごい。だって、カールからサンドイッチについて説明を聞いただけで、こんなにちゃんとサンドイッチにぴったりなパンを用意できただなんて。
そこでマルゴは深々と頭を下げた。
「どうかゲルトルードお嬢さま、この『さんどいっち』を、息子たちのパンで作って売らせることの、ご許可をいただけませんでしょうか」